恋色流星群

8


 

iPhoneを劈くような。
葵ちゃんの声が、スピーカー割れしてる。


“あんたバカじゃないの?!
こんな大事な日に、ヨガなんて入れる?!?!”

『うるさいなー、だって日曜の午前中しか空いてなかったんだもん。
大丈夫、間に合うってば。』



ヨガスタジオのロッカールームで。
周りの人たちの視線を、ひしひしと感じながら、スピーカーフォンで葵ちゃんと話す。
本当は、こうでもしてメイクしないと・・・
遅れる。

ぼうっとシャワーを浴びすぎたな。
修行のように、温と冷を。
滝行さながら、浴び続けた。





“早めに待ち合わせして、ヘアセットして行かない?”

という浮かれたLINEに。

“今からヨガ。
つーか、そのスキンヘッドのどこをヘアセットするんだよ”

と返して、iPhoneをロッカーに放り込んだ。




鳩のポーズから太陽礼拝。
精神統一して、すっきりした肩で開いたロッカーには。

葵ちゃんからの鬼電でパンク寸前のiPhoneが転がっていた。



『切るよー?これから髪乾かすから。』

「すっぴんで来たりしたら怒るからね!
陽斗くんに礼を尽くしなさいよ!!
遅刻も許さないから!!」


ヘイヘイ、と適当に相槌を打って、切断マークを押した。

ドライヤーの突風を受けて、長い髪はボワボワと舞う。
コテがないから、ストレートに整えて行こう。








アヤちゃんから、あの夏のPV出演後、私を探す検索ワードが上位ランキングに来てると聞いた。
隠れれば、探したくなるのが人間の性。
倫くんとの約束は、正体非公開。


私がすごいんじゃなくて、それだけ細かな部分まで追わせるplanetがすごいんだと、いうこと。


心配性な瀬名ちゃんからは、会場ではできるだけ一人にならないように念を押されてる。
話しかけられても、質問には一切答えないこと。
「理沙さんだから大丈夫だと思うけど・・・」の前置き付きで。
鼻声の彼女の注意は、その後10個ほど続いた。



水分を飛ばした髪が、肩で軽やかに跳ね始める。


こめかみを指先で揉みながらも、片側の手でドライヤーを揺らしていると。
跳ねた髪の下で、首筋の紅がチラついて。
もうドライヤーを止めて、ブラシを通した。







“俺に、任せて。”
“俺に、賭けろ。”



言わんとしていることは、きっと同じ二つの台詞。
何度も反芻して、確かめようとした心の反応。

夜明けに一人、意を決して開いた、パンドラの箱の中には。


何も、入ってはいなかった。
 

< 286 / 311 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop