恋色流星群
2
そびえ立つタワーマンションの前で、車は止まる。
「細かいことは明日スタッフから連絡が入るから。
理沙子の携帯、教えるけどいいよな?」
へいへいと返事をして。
倫くんの言葉を体の片側で聞きながら、車を降りる。
雨は、いつの間にか止んでいた。
『ねぇ、今回の件でさ。』
「うん?」
『今までの借り、一旦全部返したとおもっていい?』
この人がいなければ、今の私はこうしてなかったと。
本気でそう思う。
私が何かこの人の役に立てるなら。
それは人生できっとそう多くはないチャンスだから。
逃げるわけがないじゃない。
「俺が、理沙子に一生分の借りができたくらいだ。」
この人は、ずるい。
抵抗する気も失せる、圧倒的な安心感を振りかざして。
何度でも私を降伏させる。
私はまた、サタンの手中に戻り。きっと、満足そうに笑った。
その何もかもが。
きっとサタンの予定どおり。
翌日から、バタバタバタと、忙しくなった。
私が、というよりは。先方のスタッフの方と、こちら側のスタッフが。
撮影場所はハワイ、出発は3日後と聞いた時。倫くんをサタン改め鬼にしようと決めた。
あの夜、最初から私には勝機が与えられていなかったことを、今更ながらに思い知る。
お店は社長許可が出ているというだけあって。
女の子たちもボーイくんも、不在の間のフォローを快く了解してくれた。
「理沙さんは、スタメンのお客様にだけ連絡してください。
控えの皆様には、僕たちで連絡を入れます。笑」
弟のように思っていたボーイくんたちの頼もしい言葉と。
「いいなぁ~~」の連発で、うっとりするアヤちゃん。
「いいなぁ~~Hawaii♡私、これまでだてに理沙さんのヘルプついてないんで、フォローは任せてくださいね。
あ、これお土産の案です♡参考にしていただければ♡」
まさか“生き甲斐”のplanetのMV撮影に私が連行されると知らないアヤちゃんは。
クリニーク、キールズ・・・沢山のアメリカブランドコスメと。
「ホノルルクッキー 5箱」と書かれた紙を差し出しながら、ニコニコした。
『5箱も食べるの?笑』
「そうです、5箱が帰って来ると思って、一週間フォローがんばりますから♡」
「店では、葵ちゃんだけが事情を知ってる」と社長から聞いたとき。要さんへの恋心から、私へ昼メロ並みの仕打ちが予想された葵ちゃんまでもが。
「あんた、親友の結婚式でも店休めなかったもんね。
いい機会だから、あったかいところでのんびりしておいで。」
と、すれ違いざまに囁いてくれたとき。
不覚にも、視界が滲んだ。
自分が生かされる世界の温かさは、こんなにも些細なことで感じられる。