恋愛じかけの業務外取引
この晩、私は彼の部屋に泊まったけれど、彼は本当にキス以上のことはしなかった。
……というより、ずっとキスばかりしていた。
額に、目尻に、頬に、耳に、首に、鎖骨に、手に、唇に。
夜は私が眠るまで。朝からも、私が帰るまで。
私としたことが、まったく主導権を握れなかった。
何度も自分からやり返そうと試みたが、終始彼のペースで、私はまるでうぶな女の子みたいになっていたと思う。
何時間も彼の唇に翻弄されていた私の方が、あやうく情欲を爆発させてしまうところだった。
もしかしたらそれを狙っていたのかもしれないが、あいにく私も意思は強い方である。
週明け月曜日。
朝イチで斉藤課長に呼ばれて彼のデスクへ。
土曜の夜に送ったディスプレイ案のことだと察しがついていたので、プリントアウトした資料を持っていった。
「山名さん。新しいディスプレイの案、なかなかいいと思うよ」
「ありがとうございます。今デザインの人に絵を描いてもらっているところです」
褒めてもらえて嬉しいのだが、課長がやけにニヤニヤしており、妙な感じがする。
なにかいいことでもあったのかと尋ねようと思ったとき、課長が周囲に聞こえないよう小声で告げた。
「ファイルの“作成者”が“Rintaro.T”になってたよ?」
「えっ……!」
しまった!
彼のパソコンで作ったファイルだから、制作者に彼の名が表示されてしまうことをすっかり忘れて送ってしまった。
課長のニヤニヤの原因はこれか。
「今はなにも聞かないでおくけど、今後気をつけた方がいいんじゃなーい?」
「すみません……」
再びあらぬ誤解をしているだろうが、もはや説得力のある言い訳なんてできない。
私はすぐにデザイナーにも口止めをすることを決心して、今日も業務を開始した。