恋愛じかけの業務外取引
この日、堤さんが帰宅したのは、午後10時半頃だった。
「ただいまー」
くたびれて爽やかさが半減している。
彼はふだん、この時間の帰宅になることが多い。
私を呼ぶときは意識的に早く帰宅しているようだが、今日はそれができなかったようだ。
「おかりなさい。お疲れさま」
私はいつものように出迎え、彼からかばんを受け取り、所定の位置へ持っていく。
「今日はほんと疲れた」
という声が真後ろから聞こえたと思ったら、次の瞬間、腹部に彼の腕が巻き付き、背中に温もり、肩に重みを感じた。
「ちょっ……え、なに?」
後ろから抱きつかれている。
だから、こういうのが私をダメにするんだってば。
「マヤに癒されようと思って。知ってた? ハグすると疲れとかストレスが何割か消えるんだよ」
耳元で囁かれ、ぞくぞくとした感覚が全身を刺激する。
わかってやっているのだろうか。
堪えきれず漏らしてしまった吐息に気づき、彼がクスッと笑う。
その息がまた私の首元を刺激して、たまらない。
「やめて」
「そんな顔されるとやめられないね。おかえりのチューは?」
「なしです」
と言ったのに、はじめから私の言葉なんて聞く耳がなかったのか、隙をついて口づける。
「……このキス魔が」
そのしてやったり顔がムカつく。
なのに、嬉しいという気持ちも大いにある。
だけど私たちは付き合っているわけではないし、もしかしたら同じことを他の女にもしているかもしれないと思ったら泣きたくなる。