恋愛じかけの業務外取引
「堤さんってさ……」
誰にでもキスするの?
「ん?」
「いや、なんでもない。回鍋肉仕上げてくる」
やめよう。
もし「するよ」なんて答えられてしまったら、今の幸せが崩れてしまう。
「知らぬが仏」という言葉もあるのだ。
ふたりで遅めの夕食を食べて片付けまで済ませたら、時刻は午後11時半を過ぎていた。
早く帰らなければ明日が辛い。
そう思ってバタバタしていると、お腹が満たされてまったりしている堤さんが、あっさり言ってのけた。
「あれ、今日はうちに泊まらねーの?」
あまりに「泊まるものだと思ってた」みたいな表情で言うから、私はビックリした。
「泊まらないよ。明日も仕事だし、着替えだってないもん」
「ああ、そっか。そうだよな」
堤さんがつまらなそうに口を尖らせる。
どうしてそんな顔するの。
どこまで私を期待させれば気が済むの。
私たちはお互いが取引先同士で、加害者と被害者で、家政婦と雇い主。
そんな間柄ならふつう、デートなんてしないしハグもしないしキスもしない。
そういうことするの、私だけ?
それとも、他にも相手がいるの?
ああ、ダメだ。
さっきせっかく我慢したのに、口が勝手に動いてしまう。
「堤さんって、誰にでもそうなの?」
「え?」
私の問いに、彼はポカンと間抜けに口を開ける。
「私にするみたいに、誰にでもハグしたりキスしたりするの?」