恋愛じかけの業務外取引

「堤さんってさ……」

誰にでもキスするの?

「ん?」

「いや、なんでもない。回鍋肉仕上げてくる」

やめよう。

もし「するよ」なんて答えられてしまったら、今の幸せが崩れてしまう。

「知らぬが仏」という言葉もあるのだ。



ふたりで遅めの夕食を食べて片付けまで済ませたら、時刻は午後11時半を過ぎていた。

早く帰らなければ明日が辛い。

そう思ってバタバタしていると、お腹が満たされてまったりしている堤さんが、あっさり言ってのけた。

「あれ、今日はうちに泊まらねーの?」

あまりに「泊まるものだと思ってた」みたいな表情で言うから、私はビックリした。

「泊まらないよ。明日も仕事だし、着替えだってないもん」

「ああ、そっか。そうだよな」

堤さんがつまらなそうに口を尖らせる。

どうしてそんな顔するの。

どこまで私を期待させれば気が済むの。

私たちはお互いが取引先同士で、加害者と被害者で、家政婦と雇い主。

そんな間柄ならふつう、デートなんてしないしハグもしないしキスもしない。

そういうことするの、私だけ?

それとも、他にも相手がいるの?

ああ、ダメだ。

さっきせっかく我慢したのに、口が勝手に動いてしまう。

「堤さんって、誰にでもそうなの?」

「え?」

私の問いに、彼はポカンと間抜けに口を開ける。

「私にするみたいに、誰にでもハグしたりキスしたりするの?」

< 125 / 216 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop