恋愛じかけの業務外取引
「本当に、ごめんなさい」
私は視線を逸らし、手を引こうとした。
この心理状態で彼と見つめ合うなんて、堪えられない。
しかし彼はそれを許さず、私の右手を強く握り直す。
傷が軽く痛み、条件反射でビクッと震える。
次の瞬間、痛んだ傷に柔らかい痺れが走った。
思わず視線を戻すと、彼は私の手の平に唇を触れていた。
ちゅ、と軽い音を立て、少しだけ湿り気を残して離れていく。
だけど視線だけは、ずっと私を捕らえたままだった。
なに、これ。
体に電気が走ったみたい。
仕事のときとは違う、獲物を狙うような強い視線。
うちの社内では『かわいい』と評判の、つるんとした輪郭や唇が、怖いほどに色っぽい。
アザになった頬が、彼の男らしさと危うさを際立たせている。
「ちょっ、堤さんっ……!」
手に、キスした!
顔にかあっと熱がこもっていく。
緊張や罪悪感とは違う鼓動の高鳴りに、全身が強張る。
堤さんってかわいいだけじゃなくて、こんな顔もできるんだ。
ふだん仕事で接しているときは、色気や危うさなんて微塵も醸し出さないのに。
知っている彼との差が激しすぎて、どう接していいかわからない。
「ぷぷっ」
「え?」
「あははははは!」
ひとりでぐるぐる考えていると、堤さんは急に笑い出した。
掴んでいた手を放し、代わりに私の頭に手を置いて、わっしゃわっしゃと髪を乱し始めた。