恋愛じかけの業務外取引

堤さんが突然、なにかを思い出したように大きな声を出した。

「どうしました?」

彼はポリポリ頭を掻き、決まりの悪そうに笑う。

「うちには鍋もフライパンも包丁もまな板も、食器も炊飯器もないの、忘れてた」

「……へ?」

私は再び唖然として固まってしまった。

甘かった。

よくよく見れば、調理道具と見られるものは電子レンジと備え付けのビルトインコンロ、そしてその上に置いてある笛吹きケトルのみ。

○ックパッドでどうにかできるレベルじゃなかった。

ていうかこの人、ここで生活する気あるの?

この半年間、どうやって生活してきたの?

こんなんで生きていけるの?

私の中の姉御魂が彼をなんとかせねばと疼くのを感じる。

こんな惨状を見せられてしまっては、取引などなくとも世話を焼いていたことだろう。

「山名さん」

「はい」

「ちょっとドライブしようか」

それはつまり、家電量販店やホームセンターへという意味で。

「先にここに散らかってる衣類、洗濯してもいいですか?」

「もちろん」

それから私はすぐに作業を始めた。

脱衣洗面所にある洗濯機に衣類を詰め込み、洗濯機を回す。

その間にゴミをゴミ袋に詰め、無造作に積み上げられたマンガ雑誌は紐で縛り、メーカーからもらったというホームケア用品や化粧品はキッチンや洗面台の下の棚にしまう。

それだけで、足の踏み場もなかった部屋は見違えるほどにキレイになった。

イズミ商事の「りんりん」といえば、シワひとつないシャツがトレードマークなのだが、ワイシャツ類は全てクリーニングに出しているとのこと。

過去に『カワイイは作れる』というCMがあったが、どうやら『爽やかも作れる』らしい。



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