恋愛じかけの業務外取引
昨夜鳴ったのは社用携帯だった。
会話の中で彼の名前を出したため、彼はその電話が上島からであることを知っている。
堤さんはなにかトラブルがあったのかもしれないと気にして、イズミ関係のトラブルでないか確認するため、朝イチで上島に電話した。
誕生日を祝う電話であったことを隠すためにトラブルをにおわせたのは私だ。
まさかそのせいで上島に勘づかれるなんて思ってもみなかった。
「てことは、ふたり、付き合ってるんだよね?」
「まだ付き合ってはない」
「はぁ? まだ?」
「ていうか、あんたのせいだからね」
もしあのとき上島から電話がなければ、私たちはきっと恋人同士になっていただろう。
あの後そうなりそうだったのを止めたのは私だし、今の状況を後悔しているわけではない。
でも、文句を言ってやりたい気持ちくらいはある。
だって彼は私の個人の携帯ではなく社用携帯にかけてきた。
個人の方では私が出ないことを想定し、業務のことだと思わせる作戦だったに違いない。
「もしかして俺、いいところで邪魔しちゃった?」
「別に。あのまま会社の携帯叩き割ってやろうってくらいにしか思ってないから大丈夫」
「よっぽどのタイミングだったんだな。ほんと、いい気味だわ」
「はぁ?」
ムキになって声をあげた私を、上島が笑う。
「言っただろ。俺を振った腹いせだって」
「……ふざけんな」
立ち上がってコーヒーを飲み干し、息をつく。
「マヤさんを本気で怒らすと怖いから、もう帰る。じゃ、堤さんと仲よくね」
空き缶を回収箱へ入れ、私に笑顔を見せてから去っていった。
私のミルクティーは手の中で温くなっている。
温かい飲みものはいずれ温くなる。
どんなに温め合っても、彼のくれた熱は冬の空気に奪われていく。
私たちの気持ちだって、もしかしたら。
カッコつけて『堤さんが納得のいくタイミングで』なんて言ってしまったけれど、そんなタイミングが本当に来るのだろうか。