恋愛じかけの業務外取引

「イズミ商事の堤さん、今日の忘年会には来られなくなったそうでーす」

今年の4月に入社した新人の男の子が、こんな電話を受けた。

大掃除に集中していたりんりんファンの女子一同は、作業そっちのけで彼に迫る。

「えーっ? どうして?」

「せっかく初めて一緒に飲めると思ったのに!」

傍から見ていてもなかなかの勢いだ。

「女って怖ぇ……」と呟いた課長の気持ちがちょっとわかる。

「僕に怒らないでくださいよ。急に出張が入ったって言ってました」

「はぁ? 出張?」

「どこの企業よ、こんな時期に信じらんない!」

「知りませんよ……」

新人の彼はなにも悪くないのに、ちょっとかわいそう。

だけどそんな様子がおかしくて、オフィス内は笑いで溢れる。

堤さんが扱っている自然派ホームケア用品のメーカーは地方にあることも多い。

あるいはオリオンのように、会社自体は都内にあるがファブレスで、地方の他社に製造を任せているパターンもある。

歳末商戦が一段落したといっても、またすぐに初売り商戦がくる。

きっとラブグリのように、彼に無理を頼んだ小売業者がいたのだろう。

都内にいても忙しいのに、全国を駆け回っているのか。

師走とはよく言ったものだ。

せっかく久しぶりに顔が見られると思って楽しみにしていたのに。

今年はもう会えそうにないが、仕方ない。

あとで【よいお年を】とでも会社のメールで送っておこう。

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