恋愛じかけの業務外取引
「課長。お帰りなさい。間に合いましたね」
「ああ。長引かなくてよかったよ。堤さんはまだ?」
「はい、まだいらしてません。いつも定刻の5分前には到着されるのでそろそろいらっしゃるのではないかと……」
――コンコン
私が話すのを遮るように響いた2度目のノック音。
どうやら彼が到着したようである。
「どうぞ」
私は少し緊張しながら声をかける。
彼の左頬はどうなっているのだろう。
日曜日よりよくなっているだろうか。
軽い音をたて、扉がスライドする。
「失礼します。イズミ商事の堤です」
甘くて爽やかな笑顔。
今日のスーツはチャコールグレー。
艶のあるストレートの黒髪はいつもようにふわっとセットされていて、シワひとつないシャツにブルー系のストライプネクタイをキュッと締めている。
問題の左頬には肌色の薄い湿布のようなものが貼られていて、アザが隠されていた。
思わず右手を握りしめ、自分の拳頭を見る。
私のアザは、もうだいぶ黄色っぽくなり、治癒に向かっている。
「あれ、堤さん。その顔どうしたの?」
なにも知らない課長が無邪気に尋ねる。
彼は一瞬私を見て、なに食わぬ笑顔で爽やかに告げた。
「酔っ払って打っちゃいまして。いやぁ、この年になってお恥ずかしい限りです」
よかった。私が殴ったことはちゃんと秘密にしてくれた。
私はホッとして密かに小さく息を吐く。
「ははは。よっぽど飲んだんだね」
「ええ。楽しくて、つい」
彼はそう言って意味深に笑み、私の顔をうかがう。
そして私が気まずそうにしているのを確認し、満足げにまた目を細めた。