恋愛じかけの業務外取引




「マヤも一緒に食おうぜ」

堤さんがそう言うので、私も一緒にテーブルについた。

家政婦は雇い主と食事はとらないとネットには書いてあったから、お誘いを受けると「いいのかな?」と思ってしまう。

こうしてふたりでカレーをつついていると、彼氏の家でご飯を作って一緒に食べているみたいで照れくさい。

堤さんは仕事相手なのに。

「マヤもビール飲む?」

「飲まない。当分禁酒するつもりだし」

「あはは、そうか。またこんなことになったら厄介だもんな」

彼はそう言って貼りっぱなしにしていたアザ隠しのテープを剥がす。

3日前は赤黒かった彼の頬のアザは、青黒く変色してグロテスクさが増している。

これが治癒へ向かっていることだとは承知しているが、申し訳なさで食欲が落ちる。

「そんな顔すんなって。おかげで俺の部屋は片付いてるし、カレーも食える」

「おかげでって……」

結果オーライみたいに笑っているが、あんなアザになっているのに、痛くないのだろうか。

殴られた側ってもっと怒っていいと思うのだけど、仲よくカレーなんか食べてるし。

「それにしても、食えば食うほど普通のカレーだな」

「え?」

普通じゃないカレーを期待してたの?

そんなの期待されても困る。

私、カレーってこんなのしか知らない。

「うまいけど、普通すぎ」

なにそれ。

自分が『カレー食いたい』って言ったんじゃん。

カレーと言われたら普通のカレーが食べたいんだって思うじゃん。

料理に自信なんてないから『普通』という評価に異論はないけれど、そんな言い方されると無性に悔しい。

負けず嫌いが発動し、照れくさかった感情がどこかへと吹き飛んでゆく。

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