恋愛じかけの業務外取引
「じゃあ私、帰るね」
「あ、ちょっと待って」
パンプスを履いてドアノブに手をかけたところで、堤さんはなにかを思い出したように私を引き止めた。
そしてダイニングの隅に放置されている仕事用のカバンをあさり、なにかを取り出してこちらに戻ってきた。
「手、出して」
彼が握った手を下向きに差し出すので、私は上向きに開いた状態で手を出す。
彼の手から、なにか小さな金属が落ちてきた。
見た目よりもちょっぴり重くて、彼の体温が移って温かい。
鍵だった。
「これってまさか」
「この部屋の合鍵。いつでもおいで」
「えっ……?」
なにそれ。
そんなこと、付き合った人にだって言われたことないのに。
首のあたりから一斉になにかが放出される感覚がして、微かに息苦しくなった。
体の熱が手の中にある鍵に向かって一斉に動き出したような、妙な感覚。
忘れていたけれど、記憶がたしかならば。
この感覚の正体は「ときめき」だ。
自覚した次の瞬間、メガネのレンズ越しに見える彼の瞳がいたずらっぽく細められた。
「水曜はノー残業デーだから早く帰れるけど、ふだんは帰りが10時とか11時とかだからさー。その時間から呼び出すのはさすがに申し訳ねーじゃん?」
「……ん?」
「でもこの鍵さえあれば、いつでも俺の世話ができるな」
この野郎……私のときめきを返せ!