恋愛じかけの業務外取引

バッカじゃないの?

そんなわけないでしょう。

あなたがあまりになにもできないから、あなたの母親になった気分だって意味で言ったに決まってるじゃないの。

そう言い返したいのに、彼との間に息子がいる生活がリアルに想像できてしまって口が回らない。

だって私は今エプロンを着けているし、『おかえりなさい』なんて言ったし『ただいま』なんて言われてしまった。

もしかしたら私たちにそんな未来があるのかもしれない。

可能性はゼロじゃない。

私が彼を殴ったことから合鍵を持つ関係にまでなったのだから、可能性はむしろ上がっているのではないだろうか。

「お? マヤ、もしかしてその気になってくれた?」

うろたえる私に、ニヤリとイジるときの笑みを見せた堤さん。

「そんなわけないでしょ!」

私は照れて動揺しているのを悟られないよう、逃げるようにキッチンへ。

私の身長は165センチ。

172センチの彼とこんな距離で向かい合うと、身長が近い分顔も近く感じる。

ていうか、彼の顔の角度。

近づいてきたとき、もしかしたらキスされるんじゃないかって思ってしまった。

バカか私は。

3年彼氏がいないからって、大事な取引先の人を相手になに考えてんの。

「ほら、さっさと着替えて手ぇ洗いな」

「へーい」

私がこんなにも意識しているというのに、堤さんはなんとも思っていない様子で寝室へと入っていく。

なんとなく悔しい気持ちが湧いたような気がしたけれど、私はご飯の準備に集中することで、その気持ちをかき消した。

< 56 / 216 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop