恋愛じかけの業務外取引




この週の土曜日、午前10時。

私は連日の激務でクタクタになった体に鞭を打ち、堤さんのアパートへとやってきた。

しかし到着して十数秒、私は来たことを心の底から後悔した。

メガネをかけた完全オフモードの彼が、扉を開けて私の顔を見るなりこう言い放ったのだ。

「うわ、今日のマヤ、すげーブスだな」

ショックというよりは胸をなにかに握りつぶされるような悲しみに、心が悲鳴を上げ頭が真っ白になった。

彼は私をどうしたくてそんなことを言ったのか、まったくわからない。

自分が美人だなんて思っているわけじゃないけど、ブスだなんて言われたことはなかった。

今日だってできるだけキレイに見えるようにしたつもりだった。

寝不足で荒れた肌も、濃くなった目の下のクマも、うまく隠れたなって思ってたのに。

疲れが顔に出ないよう、顔色がよく見える色のコートを選んで着てきたのに。

私自身の素材も、私の努力も、全てが否定された気分になった。

言った本人がそこそこ美しい顔をしているだけに、なおさら。

……ヤバい、泣きそう。

「失礼しました。出直します」

なんとかそれだけ告げ、踵を返し早足で立ち去る。

なによブスって!

面と向かってそんなこと言うなんて信じられない!

「マヤ! 待って!」

背後からすぐに彼の声が聞こえるが、逃げるように無視して歩く。

しかし数秒後、追ってきた彼にあっけなく腕を引かれ、勢いで回転した私は抱きとめられるような形で捕まった。

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