恋愛じかけの業務外取引
「ごめん、言葉を間違えた。ほんとごめん」
真面目に謝ってくれていることはわかるが、傷ついた心はすぐには癒えない。
「放してください」
冷たく言い放つと、彼の腕が余計に締まる。
深く息をつくと、自分の体が震えていることに気づく。
諦めて力を抜くが、彼は私を抱きしめたまま。
5センチヒールの靴を履いてきた私は、背丈が彼とあまり変わらない。
ちょうど顎をのせられるところに肩があるけれど、私は断固として彼に身を預けたりしない。
この異常な体勢なのにドキドキしないのは、怒りや悲しみの方が勝っているからか。
なだめるように背に触れている彼の手が、ポン、ポン、とリズムを刻む。
住宅地の路上でぴったりくっついているアラサー男女。
端から見れば女に逃げられそうになっている男が必死に縋っている状況。
冷静になるほど滑稽で、私の逃げようという意気がみるみる消沈した。
降参の意を兼ねて彼の肩に顎を預け、耳元で毒を吐く。
「ブスを抱きしめて楽しいですか」
「だから違うんだって」
「なにが違うんですか」
「マヤ、すげー疲れた顔してるから。今週ずっと仕事大変だったのに、それでも今日は俺のために来てくれたんだなって。ありがとうって、言いたかっただけなんだけど……」
「なのに出てきた言葉がブスですか」
「いつもよりって意味だよ。マヤをブスだなんて思ったことないしいつもかわいい」
「取って付けたように褒めなくていいです。私、自分がかわいくないのはわかってるんで」