恋愛じかけの業務外取引
「慰謝料、ねぇ……」
「もちろん、怪我の治療費も!」
頭上でクスッと意地悪に笑う声がした。
自分から慰謝料なんて言ってしまったけれど、こういう時っていくらくらい請求されるのだろう。
相場がまったくわからない。
それが高額でも、私は支払うしかないのだろう。
だって、「殴ってしまった罪をなかったことにしてくれ」と、「本来なら受けるべき罰を免除してほしい」と、自分にとって都合のよすぎるお願いをしているのだ。
「山名さん」
名を呼ばれ、おそるおそる顔を上げる。
「はい」
彼はニヤリと口の端を上げ、妖しい笑みを浮かべていた。
「取引しようぜ」
まるで悪だくみをする悪役のような顔。
私はふだんの彼とのギャップに戸惑って余計に冷静になれないでいる。
「取引、ですか?」
「そう。もちろん業務外の、ね」
堤さんは私の腕を解放し、さっきまで私が座っていたベンチにドカッと座った。
ネクタイを緩めて背もたれに両腕をかけ、脚を組む。
この半年間、私たちは仕事でほぼ毎日言葉を交わしてきた。
しかしこんなに荒々しくて横柄な振る舞いをする彼を見たのは初めてのことだ。
どんな取引を持ちかけてくるのか、予想だにできない。
彼は怯える私を満足げに見上げて、告げた。
「慰謝料なんかいらないから、俺の面倒見てよ」
「へ?」
面倒を見るって、どういうこと?
「俺さー、4月に上京するまでずっと実家暮らしだったんだわ。だから家事とか全然できねーの。掃除とかこまめにできなくて散らかり放題だし、洗濯したら服シワシワになるし、こっち来てからずっと外食かコンビニだから栄養偏るし、なんか体の調子も悪い気がするんだよね」
「それはつまり、私に家政婦をやれと?」
「まあ、そういうこと。俺、家事できないし、彼女もいないし」