恋愛じかけの業務外取引
彼はすぐに寝室で運動着に着替え、メガネのままスポーツバッグを持って玄関へ。
「行ってくる。寄るとこあるから、帰りはたぶん夕方頃になると思う。ジムでシャワー浴びるから、風呂の準備はいらないよ」
なんだ。わりと長い時間いないんだ。
いない方が掃除しやすいし、鍵も持ってるからいいんだけど。
嬉しい気持ちと心もとない気持ちが入り交じる。
「そっか。わかった」
「行ってきまーす」
「行ってらっしゃい」
彼を送り出し、車のエンジン音が遠ざかったのを確認して、施錠。
カシャンと静かな部屋に音が響き、静寂に包まれる。
私は扉に寄りかかり、深く息をついた。
抱きしめられちゃった。
ほっぺにキスされちゃった。
ブスって言われたけど、かわいいとも言ってくれた。
私は人の温もりによっぽど飢えているのだろうか。
彼の体温やにおいを思い出すだけで、心の中にじんわりと甘い疼きが走る。
私、やっぱり……。
余計なことを考えるのはやめよう。
もう一度深く息を吐き、無理矢理気持ちを切り替えて久々の家政婦業に精を出す。
洗濯カゴに入りきれずに散らばった衣類を洗濯機に押し込み、放置されているゴミを分別。
まったく、どうして彼は“洗濯物をカゴに入れる”そして“ゴミを正しく捨てる”だけのことができないのか。
仕事ではいつも慎重かつマメで、細かいところに気づいて自分から行動してくれるのに。
自分のことになると、無頓着にも程がある。
もし……もし、堤さんに彼女ができたとしたら、彼は彼女をどんなふうに扱うのだろう。
仕事のときのようにマメに構うのだろうか。
それとも、無頓着に放置するのだろうか。
私はまた余計なことを考えていることに気づき、首を横に振って掃除に集中することにした。