恋愛じかけの業務外取引

彼はすぐに寝室で運動着に着替え、メガネのままスポーツバッグを持って玄関へ。

「行ってくる。寄るとこあるから、帰りはたぶん夕方頃になると思う。ジムでシャワー浴びるから、風呂の準備はいらないよ」

なんだ。わりと長い時間いないんだ。

いない方が掃除しやすいし、鍵も持ってるからいいんだけど。

嬉しい気持ちと心もとない気持ちが入り交じる。

「そっか。わかった」

「行ってきまーす」

「行ってらっしゃい」

彼を送り出し、車のエンジン音が遠ざかったのを確認して、施錠。

カシャンと静かな部屋に音が響き、静寂に包まれる。

私は扉に寄りかかり、深く息をついた。

抱きしめられちゃった。

ほっぺにキスされちゃった。

ブスって言われたけど、かわいいとも言ってくれた。

私は人の温もりによっぽど飢えているのだろうか。

彼の体温やにおいを思い出すだけで、心の中にじんわりと甘い疼きが走る。

私、やっぱり……。

余計なことを考えるのはやめよう。

もう一度深く息を吐き、無理矢理気持ちを切り替えて久々の家政婦業に精を出す。

洗濯カゴに入りきれずに散らばった衣類を洗濯機に押し込み、放置されているゴミを分別。

まったく、どうして彼は“洗濯物をカゴに入れる”そして“ゴミを正しく捨てる”だけのことができないのか。

仕事ではいつも慎重かつマメで、細かいところに気づいて自分から行動してくれるのに。

自分のことになると、無頓着にも程がある。

もし……もし、堤さんに彼女ができたとしたら、彼は彼女をどんなふうに扱うのだろう。

仕事のときのようにマメに構うのだろうか。

それとも、無頓着に放置するのだろうか。

私はまた余計なことを考えていることに気づき、首を横に振って掃除に集中することにした。

< 71 / 216 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop