恋愛じかけの業務外取引
スタートボタンを押し、蓋を閉める。
気づけば彼の視線は、洗濯機ではなく私に注がれていた。
髪もセットされておらずメガネをかけている完全オフモードの彼は、勤務中に見るのとは雰囲気が全然違う。
外見だけでなく、言葉遣いや仕草や距離感など、なにもかもが別人のよう。
はじめのうちは多少戸惑ったけれど、すっかり彼の本性に慣れてしまった。
「なによ」
怪訝な表情を見せれば、ニヤッと笑みが返ってくる。
「いや、なんかいいなって思って」
「え? なにが?」
「秘密」
それから堤さんは珍しく、午前中に干した分の洗濯物を取り入れたり、たたんだりするのを手伝ってくれた。
もしかしたら明日は雨が降るのかもしれない。
なんて考えていたら、堤さんがぽつりと言った。
「マヤってさ、仕事のときとプライベートで、全然雰囲気違うよな」
私が彼に対して思っていたことをそっくりそのまま言われて、一瞬、心が読まれてしまったのかと思った。
裏表がないのが売りだと思っていたのに、私にも就業中とのギャップがあるの?
「うそ。例えばどんなとこ?」
「具体的に聞かれると困るけど……あ、いや、違うな」
「えー? もう、なにが違うの?」
「マヤはたぶん変わってない。変わってるのは俺がマヤを見るときの目だ」