恋愛じかけの業務外取引

意外だった。

彼女がいないというのも含めて。

そもそも彼は、オーガニック商品を中心とした自然派ホームケア用品を、小売店であるうちの会社に卸す商社の営業マンだ。

仕事では洗剤の使い方なんかも細かく教えてくれるのに、まさか自分の住まいで一切活用できていないとは。

爽やかで清潔感のかたまりのような人だと思っていたのに。

ビジネスモードとオフモードが違いすぎる。

裏と表のギャップがスゴい。

「わかりました。やります」

私だって生まれてからずっと実家住まいで、家事なんてあんまりやったことがないけれど、できないことはない。

それで許してくれるのなら安いものだ。

これで私や家族の生活は守られる。

ホッとすると急にまた酒が回りだして、目眩がし始めた。

私はたまらず倒れるように彼の横に腰掛ける。

「大丈夫?」

心配するような言葉をかけておいて、とても愉快そうに笑みを浮かべている。

「堤さんこそ、冷やさなくていいんですか?」

「いいよ。冷やしたって痛いのは変わらないし、派手にアザができる方が、あんたの罪悪感を煽れるだろ」

なんてあざとくてズルい人なのだろう。

仕事中はとても腰が低いのに、素はこんなに口が悪い人だったとは驚きだ。

それを残念に思っているのに、視界がチカチカして、ついに彼がキラキラ輝いて見える。

4月に出会ったときから、カッコいいなとは思っていた。

今日だって「お祝いに飲みにいきませんか?」と誘われたときは、イケメンとお近づきになれるかも……なんて下心があったりもした。

だって、私にも彼氏なんていないのだ。

別に堤さんと付き合いたいと思っていたわけではないけれど、ときめきの対象として、枯れかけている乙女心を潤すことができたらいいなと思っていた。

「俺に女ができるまで、あるいは気が済むまで。慰謝料の倍額分こき使ってやるよ」

こんな近づき方を望んでいたわけじゃない。

泡盛さえ飲まなければ……。

私は当分の間、禁酒することを心に誓った。



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