恋愛じかけの業務外取引
ギクッとして、危うく自分が持っている資料を落としそうになった。
だって『うまくいってるの?』なんて、私たちが付き合ってるみたいに言うからだ。
課長はきっと、先月堤さんが『個人的に連絡を取り合う仲』と言ったのを誤解している。
「りんりん」という言葉に、周辺の女子社員の視線がチラチラ向けられているのを感じていたたまれない。
松田をはじめ、女子社員たちに聞かれてしまったら、きっと面倒なことになる。
「ええ。イズミ商事さんは本当によくしてくださるので助かります。オリオンのフローリングシートも、堤さんがうまいこと確保してくださいました」
私は硬い笑顔であえて会社名を出す。
女子社員たちは「なんだ仕事の話か」と、各々の仕事に戻ってゆく。
課長は察したように苦笑いを浮かべた。
「かわいい顔して案外ちゃんとしてるよね、彼」
堤さんは家のことこそなにもできないが、仕事になると有能だ。
我々クライアントの期待にはしっかり応えてくれるし、連絡もマメで不安な部分はすぐに解消してくれる。
たとえ状況が悪くてもいい加減なことは言わないし、彼になら任せても大丈夫だと思える魅力がある。
だからこそ、ラブグリの社員にも人気があるのだ。
4月に地方都市から東京の営業所に異動になったのも、次期幹部候補としての栄転だったとか。
今でこそ肩書きは「主事」だが、近々課長に、いずれは所長に、そしてゆくゆくは重役にと、将来を期待されているらしい。