声にできない“アイシテル”
「チカはえらいな。
 えと・・・、話せないのに、前に進もうとしてる。
 強いよ」


“私はぜんぜん強くないよ。
 『声が出なくなる』って聞かされた時、すっごく泣いたもん。
 私には未来がないんだって思えて、死んじゃおうかって考えたりもしたし”


 彼女はペンを止めて、ふうっとため息をつく。


 そしてチラッと俺を見てから、またペンを動かした。

“でもね、声が出ないからってそこで私の人生が終わるわけじゃないって気がついたの。
 もちろん不便だし、つらいこともあるけど。
 泣いたって私の声は戻ってこないから。
 だったら、今の自分に出来ることを精一杯やろうって決めたんだ。
 どうせ生きるなら、楽しいほうがいいもんね”

 チカは小さくガッツポーズを見せる。




 チカの気持ちの切り替えは、俺が言葉に対して期待しなくなったことと同じことなんだろうか。

 人生をあきらめたってことなんだろうか・・・?




「それってさ、いろんなことをあきらめたって意味?」


“ん~、あきらめるというのとは違うかも。
 なんて言うのかなぁ”


 チカがメモの上でペン先をウロウロさせながら首をひねる。


“うまく言えないけど、『覚悟を決めた』って感じかな。
 メソメソしているよりも、逃げないで受け入れてしまったほうが、きっと笑って生きていけるって思ったの”


 チカはペンを置いてジュースを飲み始めた。



 その表情に、自分の人生を悲観している様子はない。
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