声にできない“アイシテル”
 今井さんは俺にかまわず、話を続ける。

「何度も、何度も“チカ”と呼びました。
 彼女のお名前ですよね?」


「そうだけど。
 ・・・今、俺たちうまくいってなくて」


 チカとの連絡をすっかり絶ってしまった俺。


 この10日の間に2人の休みが同じ日もあったけど。

 何かと理由をつけて、会わなかった。



「そう思っているのは、桜井さんだけではないでしょうか?」


「は?」

「私の髪をなでる手はすごく優しくて。
 “チカ”とささやく声はとても甘くて。
 無意識なのに、すごく幸せそうな顔してましたよ、桜井さん」


―――意識がないのにそんなことをする俺って、結構危ない人かも?!


 俺が何を考えたのか勘付いた今井さんが、苦笑を漏らす。

「ふふっ。
 本当は彼女のこと、すごく愛しているんだなって分かりました。
 こんなに愛されているチカさんの代わりなら、抱かれるのもいいかなって思ったんですけど」


 クスクスと笑いを漏らしながら、少し意地悪い視線を俺に向ける。


「桜井さん、寝ちゃうんですもの。
 だから、私たちの間には何もなかったんです」


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