声にできない“アイシテル”
「それにね、子供のいない私たちにとって晃君はかけがえのない跡継ぎ。
 彼に会社を託すのが、私たち夫婦の夢なのよ」


 叔母様は窓の外を見る。

「会社をここまで大きくするのに、順二さんも私も本当に苦労したわ。
 それこそ寝る間も惜しんで、必死で働いたの。
 桜井グループは私たちの子供であり、私たちが生きてきた証」


 ふぅ、と短く息を吐き、再びコーヒーカップに口をつける叔母様。

「今でこそグループはある程度の安定を保っているけど、それは絶対的なモノではないわ。 
 外国資本のライバルも近年増えてきているし。
 景気も不安定なところがあるし」


 そういうニュースは毎日のようにテレビや新聞で騒がれている。


「こんな時に社内でのトラブルはグループにとって命取りになるの。
 従業員は勤労意欲をなくすでしょうね。
 ましてや“跡継ぎが社長のイスを捨てた”なんて事になったら・・・」


 叔母様は深刻な顔つきで、テーブルの上に置いた手をクッと握り締める。

「これまで融資してくれていた銀行もストップをかけてくるかもしれない。
 先のない企業にお金を貸してくれるほど、銀行は優しくないもの。
 そうなれば、グループの今後なんて簡単に推測できてしまう」


 国内はもちろん、海外でも指折りの桜井グループ。

 そこで働く従業員の数は想像もつかないくらい多いはず。

 
 彼が桜井家を飛び出した後の従業員達の行く末を思うと、ぞっとする。





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