声にできない“アイシテル”
 じっと私の手話を見ていた叔母様が、バッグの中から手帳のようなものを取り出す。

「その費用はこちらが払うわ」


 手切れ金というのか。

 せめてもの償いというのか。

 叔母様は小切手を取り出し、サラサラとけっこうな金額を書き込む。


「このくらいあれば足りるかしら?
 遠慮なく言って」


 提示された数字には、ゼロがいくつも並んでいた。

 よほど無駄使いしなければ3年は十分に過ごせる金額。

 
 でも、私は首を横に振った。
 
“いえ、けっこうです。
 2人で過ごした日々が私の宝物なんです。
 彼からたくさんの愛情をもらったので、それだけでもう十分”

 
 アキ君からはじめてもらった指輪は、今も変わらず左の薬指にはめられている。

 私は指輪にそっと触れた。


 彼との思い出も、彼からもらった愛情も。


 私の心の中にしっかりと刻まれているから。

 大丈夫。



 
 

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