声にできない“アイシテル”
 お兄ちゃんは鼻の頭を指でかきながら、困ったように話を続ける。

「桜井さんは重度の記憶障害でね。
 自分の名前すら思い出せない状態なんだ。
 だけど、イギリスに何かを見つけに来たことだけは覚えてるんだって」


―――何かって、何?

 私はひざの上で、手をぎゅっと握る。

―――アキ君は、何を見つけようとしていたの?


 彼が私にもう一度会いたいって事は、少なくても、私のことを憎んでいないということではないのか?

―――アキ君・・・。

 嬉しくて飛び上がってしまいそうだ。


 だけど。

 同時に、頭の奥で『期待するな』と言う声がする。

 
 彼の信頼と愛情を裏切った私。

―――そうだよ。
   そんな都合のいい話、あるはずないもの。


 なのに、お兄ちゃんから聞かされた内容は、私の心を簡単に舞い上がらせる。

 

「それが物なのか、場所なのか、人なのか。
 はっきりとは分からないらしい。
 でも、“あの女性が関係していることは間違いないから”って」

 1度言葉を区切ったお兄ちゃんが、私の目を見て言った。
 
「“今の自分にあの女性が必要だから”って。
 土下座までして、必死で俺に頼んできたんだ」

< 379 / 558 >

この作品をシェア

pagetop