声にできない“アイシテル”
 そんな私の心中を察したのか、お兄ちゃんが優しく微笑む。

「チカちゃんは心配してるみたいだけど。
 記憶喪失はきっかけがあったからといって、簡単に回復するわけではないんだよ。
 そんなの、ドラマや映画の中でしか起こらない」

“え、そうなの?”

「桜井さんの場合はそうなんだ。
 記憶と記憶をつなぐ組織が壊死をして、完全に機能していない。
 代わりの組織を移植すればすぐに記憶は戻るよ。
 けど、移植しなければ変わらないって事」

“本当に?”

 私は思わずお兄ちゃんへと身を乗り出す。


「うん。
 自然治癒で記憶が戻ったという前例は、これまでに聞いたことがないな」

 難しい顔でお兄ちゃんが言った。




―――移植手術をしなければ、アキ君は記憶喪失のまま。

 私のことを“大野 チカ”だと認識できない彼となら、一緒にいても問題ないかもしれないけど・・・。



「その手術はここでは出来なくってね。
 専用設備のある日本の◇◇病院でしか行えない。
 チカちゃん、どうする?」


 私は考え込む。


―――今のアキ君は、言ってみればまったくの別人なんだよね・・・。



 それなら、叔母様との約束を破ったことにならないだろうか。


 アキ君が日本に戻るまで、一緒にいることが許されるだろうか。
< 381 / 558 >

この作品をシェア

pagetop