声にできない“アイシテル”
 私は必死で、頭を巡らせる。

―――確か、『どんなお客様でも対応できるように、いろいろ心がけている』って。
   叔父様、そんなことを言ってたよね。


 初めてアキ君の家に行ったクリスマス。

 サービス業に携わる叔父様たちと、手話で難なく会話できた。

 
 それを思い出した私は、もっともらしいことをメモに書き付ける。

“桜井さんは一流のホテルマンですから。
 言葉に不自由なお客様に失礼のないように手話や読唇術をマスターした、と。
 テレビでそう言ってましたよ。
 だから、私の口の動きが分かったんでしょうね”


 アキ君は差し出されたメモと私を交互に見比べている。

 そして、深いため息をついた。

「そうですか・・・。
 本当に僕たちは面識がないんですね」

 あからさまにがっかりと肩を落とす。


「大野さんがもし、僕のことを知っているのであれば、僕がイギリスに来た理由に心当たりがあるのかもと、期待していたのですが・・・」


 アキ君は力なく、イスの背にもたれかかった。


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