声にできない“アイシテル”
「トオルはいるか?」

 所長が尋ねると、近くにいた女性が答える。

「“急用が出来たから今日は休む”という電話がありましたよ」

「急用?
 あの仕事熱心な男が休むなんて、どんな用事だ」

「例の彼女が熱を出したので、病院に連れて行くそうです
 相変わらず、あの子には甘いですね」

 女性医はちょっと楽しそうに教えてくれる。


 それを聞いて、所長が何度もうなずいている。

「なるほど。
 それなら仕方ないな」


 所長は扉を閉めて、俺を見て済まなそうな顔をした。

「人工声帯に詳しい者に会っていただこうと思ったのですが。
 あいにく休みだそうで」


「いえ、お気になさらずに。
 当分は滞在してますので、いずれ会えるでしょう。
 それより、“トオル”という方は日本人なんですか?」


 この施設では医者たちも、事務員たちも全員外国籍の人間ばかりだったので。

 日本人がいることが少し意外だった。

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