声にできない“アイシテル”
 彼が言うのは、退院の日に指輪を買いに行くといった話のことだろう。、


―――忘れてなんか、ないよ。

 私は黙ってうなずいた。


 すると、トオルさんはふっと表情を和らげる。

「それならよかった」


 小さく微笑んで、私の正面に立った。

「チカちゃん」

 名前を呼んで、彼は私の左手を両手でそっと握る。


 その様子を見つめる私。


「この薬指にはめる指輪を、受け取ってくれる?」


 穏やかな口調。

 優しく包みこむような視線。


 だけど、ピリピリと痛いくらいにトオルさんの本気の想いが伝わってくる。



< 507 / 558 >

この作品をシェア

pagetop