声にできない“アイシテル”
 そんな私に構わず、トオルさんは病室に入って来た。


「それより、桜井さん。
 話はまとまりましたか?」

「はい、おかげさまで」

 アキ君が嬉しそうに答える。


 するとトオルさんは小さく

「それは残念」

 と苦笑交じりに呟いた。


 
 アキ君とトオルさんの間にある話が、私にはぜんぜん見えない。


 首をかしげていると、トオルさんが私の目の前にやってきた。

「チカちゃん、また泣いたみたいだね。
 ま、泣き顔といっても、さっきの俺の時とはぜんぜん違うか」


 トオルさんは私の髪をクシャリと撫でる。

「悔しいけど、今のチカちゃんはいい顔してる。
 …惚れ直しそうだよ」


「え?」


 言葉に詰まった私を、アキ君がさっと抱き寄せる。

「チカは渡しませんから」

 抱きしめた腕にきゅっと力を入れて、アキ君は威嚇するようにトオルさんに向って言った。


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