声にできない“アイシテル”
 パチパチとまばたきをしていると、アキ君がようやく体を起こした。

「…それは俺が言い出したことで。
 山下さんには関係ないはずですよ?」

 まだ痛むのか、低くうなるようにアキ君が言う。


「その後、桜井さんは“そうですね”って同意してくれたじゃないですか。
 だから、俺の約束でもあるんです」

 トオルさんが得意気に胸を張る。


「…くそっ。
 下手に頭がいい人間は、すぐに屁理屈を言う」

 2人が軽くにらみ合った。


―――え?
   え!?

 私一人が状況を飲み込めず、オロオロとしている。


 不安げに見守っていると、二人は同時に表情を和らげた。

「恨むのもナシっていうのも約束ですからね。
 俺は大人しく退散しますよ」


 トオルさんはアキ君に手を差し出す。

「チカちゃんをよろしくお願いします」


 これまでとは違って、ふざけた様子は一切ないトオルさん。


「もちろんです」

 アキ君も真面目な顔で手を握り返した。


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