イケメン貴公子のとろけるキス

会社帰りに犬を拾って、わざわざペット可のマンションへ越してしまうのだから。
雨で濡れた仔犬を放っておけなかったと言っていた顔は、今でもよく覚えている。

私と同期入社の彼は同じく企画開発部に所属し、海外旅行を担当している。

滝本くんは、私が見ているパンフを三枚ほどめくり、あるツアーを指差した。
そこには、“まだ誰も知らない楽園”と銘打つパッケージが紹介されている。


「これ、滝本くんの企画?」

「そ。手のつけられていない自然はなかなかいいぞ。未開の地、自分だけの特別感が半端ない」


同期の私にちゃっかり売り込む気らしい。
滝本くんは身振り手振りを交えて、秘境の良さというものをアピールし始めた。

でも、私は未開の地よりも、できれば洗練された上質なリゾートのほうが好みだ。


「例の有給休暇と旅行券で行って来たら?」


滝本くんを見上げて提案する。
ちょっとした皮肉を込めてしまった。
自分で企画したツアーなのだから、取材ですでに行っているだろう。

“例の有給休暇と旅行券”というのは、勤続五年のご褒美と称して、会社からもらえるプレゼントだった。
ちょうど丸五年を迎えた私たちには、この春、付与されたばかりだ。
旅行会社らしい粋な計らいに喜ぶ人が多い。

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