黒胡椒もお砂糖も
第1章 色んなことに枯渇中
1、バツ1、ひょろりとした女
「本日はありがとうございました」
私は目を細めて微笑みを作る。いつもの営業スマイルでなく、心の底から出た笑顔だった。
だって、ようやくここまで辿り着いたのだ。
テーブルの上で再度書類を確認して、それを鞄に慎重に仕舞う。これを無事に事務席に突っ込むまで、私は絶対死ねない。
いかなる事故にも遭わずに会社まで辿り着いてみせる。だって―――――――
微笑は崩さずにもう一度丁寧に挨拶をして、相手が視界から消えるまで見送る。
そしておもむろに振り返り、お腹の前でガッツポーズをした。
・・・・よっしゃあああああ~!!!貰った!!
横を過ぎていく通行人に変な人だと認識されないように0.5秒くらいで止めたけど、拳には思いっきり力を込めておいた。
ようやく貰えた契約だ。これを事務席に早く突っ込みたい私だった。
早足で駅に向かう。ヒールがカツカツと軽快な音楽を奏でて耳に届く。ともすれば、声を出して笑ってしまいそうだった。
保険会社に転職して早1年と半年。その最初からずっと追いかけていたお客さんに、思いが通じて本日目出度く契約を頂けたのだ。
これが喜ばずにいられようか、いや、いられない(反復疑問文!おお、覚えてるわ、私ったら)!
とにかく浮かれていた。今なら世界の主要都市を暗記せよといわれても上機嫌で引き受けそうだ。
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