黒胡椒もお砂糖も
床に額をこすりつけるようにして、彼は謝っていた。
「美香を幸せにしなかった。・・・いい加減な気持ちで結婚したんだ。俺が、全部悪かったんだ。許してくれ」
・・・いい加減な気持ちで結婚・・・。それは、言って欲しくなかったなあ~・・・。
私は土下座をする元夫をぼんやりと見下ろしながら、そんなことを考えた。
机の上のものを投げまくったせいで、そこらへんは結構な有様だった。その真ん中で、かつて愛した彼が私に謝っている。紙とペンとガラスにまみれて。
・・・私は幸せだったのに。幸せ、だったのに、なあー・・・。
急激に怒りも力も抜けてしまって、フラフラと後ろに下がる。そして誰かの椅子にそのまま腰を下ろして、まだ土下座している誠二に言った。
「・・・私、幸せだったのに」
ハッと息をのむ音がして、彼が顔を上げる。苦痛に満ちた顔だった。悲しい、泣きそうな顔をしていた。そんな顔は初めて見た。
この人とのそれなりに長い付き合いの中で、初めて見た顔だった。
「私はね、幸せだったのよ。あなたと結婚していて。だから驚いたの」
あの日、いきなりだった。
「急に壊れた生活が受け入れられなくて気もおかしくなって、仕事も失って・・・」
どんな顔をすればいか判らなかった。だから彼の顔から目をそらした。疲れきっていた。
「・・・あなたが、まだ大好きで」
彼が、泣いていた。床の上に座ったままで、腕で顔を覆っている。嗚咽が部屋中に響いていた。