黒胡椒もお砂糖も


 楽しそうな瞳を煌かせて、高田さんは静かに言った。

「15分後、B2のエレベーター前で」

 そう言って、私の返事も聞かずにスタスタと自分の営業事務所に歩いて行く。後に残された私は口をあけたままで呆然と突っ立っていた。

 ・・・逃げたい。

 ハッとする。そうだ、逃げよう!別に行く必要はない。あとで急なアポが入ったってことで謝ったらいいんだし。でもって最悪コンタクト代だけを請求すれば、彼も諦めてくれるかも!

 急いで頭をめぐらせた。そして善は急げと自席に走って戻る。パソコンの電源を落とし、ロッカーへ仕舞う。それから上司の副支部長の席まで行って、新年の挨拶をし、今日は帰る旨を伝える。

 副支部長はにっこりと笑って私の肩を叩いた。

「2月戦よ、明日から頑張りましょうね、尾崎さん!」

 私も何とか笑みを浮かべてはいと返事をする。そんなことどうだっていいのだ。早くしないと逃げれなくなるではないか!

 気が急くあまり、コートは着ずに腕に抱えて鞄を引っつかみ事務所を後にした。

 もううう~!エレベーターがない!早く早く、どれでもいいから開いて~!6基のエレベーターをイライラと睨む。

 早く早く!彼が来てしまうじゃない!もう階段で行こうか――――――いや、ダメだ、無理。18階も降りてたら膝が笑ってそのまま転落決定だ。保険営業が自社内で事故死なんて笑えない。


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