黒胡椒もお砂糖も


 驚いた私はハッと彼を見上げる。

 だけど高田さんは階数ボタンを静かな表情で見上げていて、こちらを見なかった。

 私は他の人に気付かれないように、小さく呼吸をする。

 振りほどけないわけではなかった。強く握られていたのではなかったし、動けないほどの密集状態でもなかった。

 だけど、私はその手を解けなかった。

 寒い外から戻ってきたばかりだとは思えない温かさで、彼の大きな右手は私の左手を握る。

 撫でて皮膚をこすり、指を絡ませてくる。

 私は一人緊張状態で、体は固まっているのに頭の中はぼんやりと夢うつつという、忙しい状態だった。

 あったかーい・・・気持ち、いい・・・。

 ついこちらからも指を絡ませそうになって、そこで18階に着いたエレベーターのチーンという音に意識が戻る。

 彼はするりと離れて先にエレベーターを降りてしまった。

 私は赤面をマフラーで隠して他の人に続いて降りる。

 ちょっと・・・私ったら今、何しようとしたのよ~・・・。ううう~と唸りながら廊下を歩いていて、通りかかった支部長にどうしたんだと声を掛けられたのだった。尾崎さん、熱でもあるの?顔赤いよ、って。

 そんなことがあった。

 二人の間に言葉はなくて、でもそのせいで、より強烈な記憶となって私の頭の中に居座っている。

 撫でられた感触も、あの温度も・・・・短いエレベーターの上昇時間の中で、それはくっきりと私に刻み込まれたのだ。



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