黒胡椒もお砂糖も
何となく凍えるようだった風が冷たいってレベルまで戻ってきた3月の中旬、私は心浮き立ちながら、5時きっかりに退社して部屋へ戻った。
退社するときの帰社報告では「成績もないのにもう帰宅するのか」と副支部長から嫌味を言われた・・・と思うけど、気もそぞろの私は既に聞いてなくて、話が終了するや否や事務所を飛び出したのだ。
今日は離婚記念日だ。
バカで楽しかった元夫と違う人生を踏み出せたことのお祝いをする日だ。
朝から落ち着かず、お客様との電話中にぼーっとしてしまった私だった。3月分の締め切りが来週に迫り、事務所は殺気だっていたと言うのに、私一人だけがにやけたような状態で過ごしたのだ。
ちなみに、まだ3月分のノルマは達成してない。
それは大いにヤバイ現実ではある。
だけど今夜が楽しみだった。
離婚してくれと誠二に言われてから今まで2年間、外出を楽しみにしたことなんて数えるほどしかない。お洒落どころか食べることにすら興味をなくしてしまって、ひたすら生命維持活動と仕事をしてきた日々。
私はその一つずつを片付けて、最近、やっとお洒落することの喜びを思い出した。
先週から考えていたのだ。今晩の為の服装を。そしてずっと自分に投資していなかったせいで感覚が麻痺してファッションに散財することに緊張し、震えを何とか無視して新しいドレスを買った。ハイヒールも。そしてピアスも。
クレジットカードを出す手が震えたのだ。値段を見ずに選んだから。