黒胡椒もお砂糖も
陶子が注文したシャンパンとチーズで乾杯する。
「では、美香の離婚記念日を祝して」
陶子がグラスを上げる。私はうふふと笑みを零しながら言った。
「バカ野郎と縁が切れたことを祝して!」
「新しい第一歩を祝して!」
「今夜の素敵な空間を祝して!」
乾杯、と小さくグラスを合わせる。
ホストクラブに何百万つぎ込む感覚で飲もう、という陶子が面白くて笑う。さすがにそんな金額飲んだら明日は仕事にならないはずだ。家まで無事に帰られるかどうかも心配なレベル。
「どうせだからいいお酒を飲もうよってことよ!」
実に他愛のない、色んなことを話した。最近発見した美容院から飲んでみたサプリメント、会社の同僚の噂話や親戚から結婚を急かされてうんざりしたこと。
どれだけ飲んでも落ちない陶子の口紅を不思議に思って聞いてみたり。その時々で笑いを挟んで、私達は大いに飲んだ。
金色やルビーレッドや緑色や琥珀色の素晴らしいお酒を。
下町の安い居酒屋で美味しい肴でビールを飲むのも勿論楽しいけど、高級な空間にはそこでしか生まれない化学反応があるものだ。
たまにはいい。これがビタミンとなって磨いてきた肌も更に輝く気がするのだ。
陶子がちょっと失礼、とトイレに立ったついでに手鏡を見ようとクラッチバックをあけると、中で携帯が光っているのを見つけた。
酔っ払った瞳でぼんやりと確かめると、メールが1通。相手は、『平林さん』。