黒胡椒もお砂糖も
・・・・・やだ、私ったら・・・。
くるりと平林さんを振り返った。
彼は膝の上に肘をついて顔を手で押さえた格好で私を見ていた。珍しく、笑顔はなく、真面目な顔をしていた。
「―――――――私」
自分が話すのを天井近くから見ているような不思議な感覚だった。平林さんと私と陶子が並んで座っている。その白いソファーも全部、上から見下ろしているかのような。
「行ってきます」
膝に肘をついて手で顔を支えたままの平林さんが、いつもの笑顔をした。
愛嬌たっぷりの、警戒心を解く可愛い笑顔。そして言った。
「行ってらっしゃい」
私は陶子を振り返る。すると彼女はあの美しい笑顔で、手をひらひらと振っていた。
「私のことは気にしないで」
立ち上がった。一瞬よろけるかと思ったけど、案外しっかりした力が足にはあったようだ。
コートとクラッチバックを引っつかみ、そのまま振り返らずにバーを出てエレベーターへ向かう。
鼓動が大きく跳ねていた。
ああ・・・行かなきゃ、私。どうしてこんなところに居たんだろう。家じゃなくて良かった。化粧も取ってターバンで髪を押さえてなくてよかった。化粧もしているからすぐに駆けつけられる。
そこで思い出して、下降するエレベーターの中で口紅を塗る。壁面が鏡で助かった、と思いながら。
早く早く。
行かなきゃ、あそこへ。
彼がまだ、居ますように―――――――――