黒胡椒もお砂糖も


 3月中旬の夜の街を私は走る。

 高いヒールとアルコールの回った体が重くて邪魔で、イライラした。もう、こんなんじゃ全然ビルに近づかないじゃない!どうしてこんな日に!

 彼がいるのに、あそこに。あの場所に。ああ神様。

 黒髪が肩のところで揺れる、その光景を思い出した。

 雪が彼の髪を滑っていた。

 やたらと綺麗な光景だったんだ。

 吹雪で街の騒音が消えていて、彼はただ立って私を見ている。そして言ったのだ。

 本気ですよって。言ってたのに、何にも返せなかった。

 私ったら・・・私ったら!

 何とか転ばずに会社の入っているビルに飛び込む。

 守衛さんが驚いて私を見ていた。でも構ってる暇がない。

 トレンチコートを翻してエレベーターに突進する。

 これまたいつもの通り、6基もあるエレベーターはどれもが1階にはいない。畜生!神様って本当意地悪なんだから!

 やっと来たエレベーターに乗ったら、たまたま一緒になった第1営業部の長谷部さんが驚いたように私を見た。

「尾崎さんじゃない!ああ、びっくりした・・・何か、いつもと全然雰囲気違うから・・・デート?」

 マジマジと私を見詰める。

 余裕がない私ははい?と振り返る。

「すごいお洒落してて・・・あら?」

 彼女は営業鞄を足元に置いて近寄った。

「あら、綺麗な瞳。カラコンいれてるの?あれ、でも右目だけ?」

 イライライラ。


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