黒胡椒もお砂糖も
「あ、尾崎さん。お疲れ様です~」
私の後ろに並んだのは同じ事務所の中村さん。まだ26歳の女の子で、明るくてハキハキした子だった。
彼女も平林さんと同じタイプで、誰にでも臆せず自分から話しかける。なので私も話せる数少ない同僚だった。
「お疲れ様。腰が痛いわね」
壇上表彰なんて縁がなく、ずっと座りっぱなし組の私達は顔を見合わせて笑う。
「このホールの椅子めちゃくちゃ堅かったですね。それに寒かったし。課長に文句言わなきゃ」
今日の会場選んだのはうちの課長なんですよ、と頬を膨らませている。
大きな瞳に輝く栗色の長い毛。うーん、可愛いなあ~。親父化した私が心の中で彼女を賞賛していると、あら、と中村さんが言った。
「尾崎さん、大変、伝線伝線!」
「え?」
彼女が指差す先は私の足。見ると、確かにふくらはぎの所に小さな穴が開き、そこから伝線しつつあった。
「やだー・・・。今日替え持ってないなあ~・・・」
ストッキングは高いのに。うんざりしてため息を零す。すると後ろで中村さんが鞄を漁りながら言った。
「大丈夫ですよ、私アレ持ってますから」
そして出した透明マニキュア。おおー!何て準備がいいんだ!その高い女子力に感動したけど、でも、と私は片手を振る。
「いいよ。私この後もう帰るし、もう伝線してても別に」
するとぐいっと手を突き出して中村さんは口を尖らせた。