黒胡椒もお砂糖も
平林さんは片手で口元を押さえてパッと体を起こした。
見開いた両目がキラキラと輝いている。
・・・喜んでる?の、よね、この人・・・。私はまたムスッとした。
「失礼でしょ。高田さんに言い逃げされたんですけど、後で怒りのあまりコンクリート蹴っ飛ばして、足が痛かったです」
まだ口元を押さえたままでしばらく私を見ていたけど、やっと言葉を出した平林さんは笑っていた。
「本当にあいつが言ったんですか、それ?」
「嘘なんかつきませんよ」
「ああ、いや、尾崎さんを疑ってるんじゃないんだけど。・・・でもマジで?はははは」
おい、コラ。
「ちょっと、笑うところじゃないですよ、平林さん」
「あ、ごめんね」
そう言いながらも肩を震わせて笑っている。流石に爆笑はしてはいないが、くっくっくと抑えきれない声が漏れている。
通り過ぎていく他の営業が、何事かと振り返っていた。
くそう。何だよ、この男笑い上戸か?私はぐるんと目を回してみせた。勿論不機嫌さの表明だ。
うくくくと目の前で肩を震わせる、うちの会社代表の優績者を蹴っ飛ばすかどうかでしばらく悩む。だけどまだ人もいてるわけで、止めておくことにした。この人を蹴っ飛ばしたら目立つに違いない。
エリート営業の平林を蹴っ飛ばした女として注目を浴びるだろう。そしてきっと、あれ、どこの誰?と言われるに違いない存在感のない私。
「お疲れ様でした、平林さん」
つんとしたままで歩き出そうとすると、あ、待ってと声をかけられた。