黒胡椒もお砂糖も
お情けでくるりと振り返る。
ようやく笑いを押し込めたらしい平林さんは、いつもの愛嬌ある表情で私に聞いた。
「どこ行くんですか?大会は終わったのに」
私は更に奥の人気のないロビーのソファーを指差した。
「まだしばらく居ます。皆が出て行ってからゆっくり帰りますから」
「ふーん。女性達は皆でご飯かと思ってましたけど」
彼が言うのに、苦笑した。
「他の方はそうでしょうね。私は個人行動が好きなので」
そう言うと少し黙って真面目な顔で私を見ていたけど、その内に口元を上げて笑顔を作った。
「そうなんですね。――――じゃあ、尾崎さん、また」
「はい、お疲れ様でした」
もう一度そう言うと、もう振り返らずに私はずんずんとホールのロビー奥を目指す。
そこには大きなソファーがあるのだ。
そこでストッキングの伝線に応急処置をしている間に流石に皆居なくなるだろうと思っていた。
良かった、やっと昼食のお礼が言えて。
私は重い営業鞄を足元に下ろしてソファーに座る。はあ、と息をついて、さっきの平林さんを思い出した。
えらく受けていたな。高田さんって普段そういうこと言わないキャラなのかな。それとも単に、怒る私の顔が面白かったか。やっぱりあの男が笑い上戸なのか・・・。笑うところじゃないっつーの、本当にもう。
「やれやれ・・・全く」
小さくそう呟いて、ざわめきが段々小さくなるのを耳で確かめながら、鞄から中村さんに借りた透明マニキュアを出す。
伝線ストッキングの応急処置、開始。