SIX STAR ~偽りのアイドル~
第9章 バカにつける薬
海を見にいってマンションに帰ると、なぜかマンションにメンバー全員勢揃いして自分たちのことを待ち構えていた。
もう夜11時を回っていたのにもかかわらず
『どこ、いいってたんや?』
なぜか十作は不機嫌だった。
私が答えかけると、
『別に』
と、龍星がそっけなく答えるし、それで余計に十作が不機嫌になった。
メンバーのみんなはそれぞれ自宅や昔の友達に会いに行ったりしに行ったわけじゃなく、全員(哉斗までも)マンションに残っていて、食事にでも行こうという話になっていたらしい。
それなのに、勝手に私たちが出かけてしまったので、それがまずかったみたいだった。
「ごめん」
私は素直に謝ったが、龍星は疲れたと言って自室に戻ってしまった。
よく考えれば私も夕ご飯を食べてわけじゃないし、すごく空腹だと今更気づいた。
「みんなで、謙太の部屋に集まってピザとったんだ。まだ残っているよ」
瑞貴が誘ってくれて、私だけみんなに合流した。
「遅かったじゃん」
謙太の部屋で待っていた哉斗はまるで自分の部屋みたいに迎えてくれる。
それぞれの部屋へは顔を出すことはあっても、こうして中まで入ることはあまりない。
私も一様女だしそこのところは気を付けてもいる。
でも今日は龍星以外のメンバー全員が揃っているし、バレることもないだろうと思った。
それに野郎が集まっても西野に厳しく言われているから、宴会はジュースで乾杯だ。
宅配ピザの容器が恐ろしいほどたくさん空箱を含めて床にあった。
謙太の部屋はベッドの前にラグが置かれて、ビーズクッションがある。
茶系のコーディネーションで落ち着いた部屋だった。
哉斗はベッドに寝転がり眠くなっているのか目をショボショボされている。
私は入り口近くに座り、出してくれたグラスにコーラを注いで、残されていたピザを頬張る。
「2人でどこ行ってたんだよ。ずるいな」
瑞貴はいつもどおりに私の隣に座って、まるで猫みたいに私の横にまとわりついてくる。
やっぱり自分よりかわいいかも。
謙太は母親のように、いろんな種類のピザを私の前に勧めてくれるし、十作はというと子供のようにまだ不機嫌なまま拗ねているみたいだった。
結局その宴会は深夜2時にお開きになった。
翌日、休みの2日目。
今日こそ休養のつもりだったのに・・・
「ライブのチケットもらったんだ」
瑞貴が昨夜お開きになるころに言い出した。
チケットは、サンダーズのライブのチケットで、この前の収録のときにリーダーに3枚もらったという。
みんなはあまり乗り気じゃなく、用事があるとか言って逃げていた。
私も休養を優先にしたかったのだけど、
「一緒に行ってよ」
目を潤ませて瑞貴に言われると、どうしても断れない。
仕方がなく行くことになってしまった。
時間は夕方8時からで、普段は大きなアリーナですることが多い彼らには珍しくライブハウスでするらしい。
瑞貴と5時に集合し、夕食取りつつライブハウスへ行く約束をした。
12時過ぎに起きた私は、寝癖のついた髪をセットする。
服はいつもみたいにジャージではマズいだろうから、緩いジーンズと兄の服の中から勝手に持ってきたシャツを着る。
待ち合わせ時間の5分前にマンションロビーに着くと、そこに龍星の姿があった。
「あれ?」
龍星は私とは違い、黒系の上下でかっこよくキメている。
「早いね。もう集合してくれているんだ」
後から来た瑞貴は、つなぎの服装でかわいらしい感じの服を着ていた。
「行こうか」
何のためらいもなく私たち2人に、満面の笑顔で言う。。龍星はなんだか不機嫌な顔をしているけど、黙って瑞貴の後に従っていく。
どうも瑞貴はあの後、龍星にもライブのお誘いをしたようだ。
「ほら」
龍星はそっけなく私に眼鏡を渡し、自分は帽子を深くかぶった。瑞貴もニットの帽子をかわいくかぶり伊達メガネをしていた。
(そ・そうか)
私は龍星から受け取った伊達メガネをかけてみた。
これだけTVに出ていても、あんまりアイドルだと自覚はない。だって自分が目立つなんて考えられないし・・・
2人から遅れて歩きだし彼らの後ろ姿を改めて見ると、2人にはやっぱり何か光るものがある気がした。
比べて私は・・・
「おい!」
マンションの窓ガラスに映る自分の冴えない姿を見ていたら、前を歩いていた龍星が振り返って早く来いとばかりに首を傾ける。
「あ・ああ。今行く」
男としても女としても冴えない自分の姿になんだか悲しくなる。そんな暗い気持ちを振り払うように無理に笑みを作って駆け出した。
ライブコンサート会場は、私たちがデビューコンサートで使ったものとは全く違い、10分の1くらいの客が入るか入らないかという狭い場所だった。でも客との距離は半端なく近い。
彼らの音や迫力がそのまま伝わってきて半端なくすごい。今まで興味がなくて一度もライブに来たことないのを後悔するほどめちゃくちゃ感動した。
サンダーズはバンドグループでリーダーのシュウはギター、背の高い寛太がドラム。京也がベース、勇気がキーボードを担当しヴォーカルは鷹矢で構成している。
ライブは終わりに近づくにつれてヒートアップして大盛り上がりで、初めは遠慮していた私もお客さんに交じって楽しんでいた。
「今夜はありがとう。最後の曲は『君に捧ぐ詩』」
鷹矢が静かにそういうと、会場は静まり返った。
ドラムがスローテンポのリズムで始まり、少しの間があってから急にテンポアップして曲が始まる。
この曲は私にも分かる彼らの一番のヒット曲だった。私は口ずさみながらみんなの動きに合わせ手を叩いたりしていた。
曲が始まるころから、なぜか鷹矢と何度も目が合うような気がしていた。
でも、会場をまんべんなく見ているからたまたまこちらを見ているのだと私は思っていたのだけど・・・
曲の間奏になった。
なぜか鷹矢が私たちのいる客席の方に近づいてきた。
このライブ会場の客席は立ち見だけど、私たちは優先的に左手の前の方に場所に誘導されて優先的に場所を確保してくれていた。
近づいてきた彼は何を思ったのか私たちのいる近くの客席へ降りてきて、大騒ぎになる中で私の腕を掴んで舞台の上へ引きずり上げた。
一瞬の出来事で私はされるままだ。助けを求めて振り返ると、瑞貴の驚いた顔と龍星の険しいしかめ顔がスローモーションのように見えた。
「今日は、SIX STARの恵が来てくれているぜ」
鷹矢が私の腕を掴んだまま、叫んだ。すると大歓声があがり、会場は大盛り上がりだ。
訳が分からないまま、とりあえずこの場を盛り下げないために必死だ。流されるままに彼らの歌を鷹矢と密着状態で一緒に歌い上げた。
(よかった~~~。歌詞覚えていて~~)
顔が引きつって笑顔が苦しいけど、これまで龍星にしかられながら築きあげてきたプロ根性を見せてやる。
客席には困惑する瑞貴の顔と苦虫をつぶすような怖い顔をしている龍星が見えた。
鷹矢は肩を抱き寄せてますます密着してくる。
(ひぇ~~)
チキンな私の心の中はパニック寸前だ。この場を盛り下げないために最善を尽くすことに集中するしかない。
なんだか、もう泣きそう・・・
いつもと違う立ち位置。傍らにいつもいるはずの龍星もいない。そんな不安な気持ちはお客さんの歓声と、バックの楽器の音とまぶしいライトの中にあってますます強まるばかりだった。
そんな私の気持ちが伝わったのか、すぐ横にいる鷹矢の私を抱き寄せる腕の力が強まった。
(だめだ。しっかりしなくちゃ)
最後のサビの歌詞で曲が終わる。
もう少しでこの場から逃げれる。
そう思っていたとき、それはいきなりだった。
「キャ~~」
「ワア~~」
会場が悲鳴のような歓声で割れんばかりになる。
何が起こったのか把握できなかった。
曲が終わるその寸前に、鷹矢がいきなり私の頬にキスをしたのだ。
私がびっくり顔で彼を見ると、鷹矢は私の顔のすぐ近くで口角を上げて笑っている。
歓声というより悲鳴が収まらない会場の中で時が止まってしまった。
そして、彼の口が動き、私にしか聞こえない声で語りかけてくる。
「女の子なのにどうして?」
他の音は全く聞こえないのに、彼の言の葉が聴覚じゃなくて視覚から聞こえてきてしまった。
それは本当に一瞬の間。他の誰にも分からない。
「Kei(恵)!!」
呆然とする私を突き放すように一瞬にして1mほど離れた鷹矢は、スポットライトに照らされた私を指さしお客に再度紹介した。
条件反射というのは恐ろしい。私は瞬間的に右手を高く上げ自分をアピールして会場に頭を下げる。
これは何度も何度も龍星に叩き込まれたものだ。
気を失いそうなほど動揺しているのに、
『場を潰すな。もうお前はプロなんだからな』
龍星が口うるさく繰り返す言葉が、今この場を切り抜けるためのプロとしての役割を思い出させていた。
ライブからの帰り道。私たちは終始無言だった。
行きは電車を乗り継ぎ会場まで行ったけど、帰りはサンダーズのマネージャーさんの配慮で車で送ってもらえた。
あの後私は舞台からそのまま退場できたからよかったけど、客席に残った2人はそこから脱出するまで大変だったみたいだ。
「ご・ごめん。」
肩をすくめ私は頭を小さく下げた。
「・・・」
龍星はやっぱりだた黙って睨みつける。
もみくちゃになって大変だったから機嫌悪いのは分かるけど、今の私はそんなこと気にしているゆとりはなかった。
「恵くんのせいじゃないよ。ただ・・・」
いつもニコニコして可愛らしい顔の瑞貴も今は不機嫌だった。
ライブが終わって私は楽屋でサンダーズのメンバーと一緒に彼らが来てくれるのを待っていた。(マネージャーが彼らを連れてきてくれた)
2人を待っている間、リーダーのシュウさんには平謝りされるし、メンバーも気を使ってくれた。
でもその中で、当の鷹矢は我関せずで、舞台から降りた後はさっさとシャワーを浴びに行き最後まで帰ってこなかった。
あれだけ龍星達が迎えに来てくれてホッとしたのに、今はなぜか悪いことでもして怒られているみたいだ。
「龍星も、そんな顔しないよ」
私がかなり動揺しているのが伝わったのか、瑞貴はいつものやわらかい表情にもどって、龍星をたしなめてくれた。
「僕がライブに誘ったのが悪かったのだからね」
瑞貴はなぜかため息をついた。
「あ、ああ・・・でも、楽しかったから」
「・・・楽しかったじゃねえよ!」
「は?」
「お前はアホなのか?バカなのか?だいたい、学習能力が全くない。警戒心も元から欠落している。」
「ちょっと、龍星」
瑞貴が止めに入るが、龍星の耳には入らない。
「自覚がなさすぎなんだよ、お前は。いいか?この業界、食うか食われるかだ。弱い者は食われてしまうし、ぼーっとしてるやつは特に標的だ。特に俺らはスタートしたばかりだ。目立てば嫌がらせだけじゃなくて、変な意味好かれる。お前みたいなやつはな」
龍星はえらい剣幕でまくし立ててくる。
でも・・・
「ぼ・ぼくなんか。ぼくよりも瑞貴のほうがかわいいし。たまたま近くに」
「バカか。お前は本当にバカ?? バカにつける薬はないな、もういい。とにかく用心しろ。わかったか?」
龍星が何に怒っているのかわからなかったけど、私の不安は膨れ上がるばかりだった。
もう夜11時を回っていたのにもかかわらず
『どこ、いいってたんや?』
なぜか十作は不機嫌だった。
私が答えかけると、
『別に』
と、龍星がそっけなく答えるし、それで余計に十作が不機嫌になった。
メンバーのみんなはそれぞれ自宅や昔の友達に会いに行ったりしに行ったわけじゃなく、全員(哉斗までも)マンションに残っていて、食事にでも行こうという話になっていたらしい。
それなのに、勝手に私たちが出かけてしまったので、それがまずかったみたいだった。
「ごめん」
私は素直に謝ったが、龍星は疲れたと言って自室に戻ってしまった。
よく考えれば私も夕ご飯を食べてわけじゃないし、すごく空腹だと今更気づいた。
「みんなで、謙太の部屋に集まってピザとったんだ。まだ残っているよ」
瑞貴が誘ってくれて、私だけみんなに合流した。
「遅かったじゃん」
謙太の部屋で待っていた哉斗はまるで自分の部屋みたいに迎えてくれる。
それぞれの部屋へは顔を出すことはあっても、こうして中まで入ることはあまりない。
私も一様女だしそこのところは気を付けてもいる。
でも今日は龍星以外のメンバー全員が揃っているし、バレることもないだろうと思った。
それに野郎が集まっても西野に厳しく言われているから、宴会はジュースで乾杯だ。
宅配ピザの容器が恐ろしいほどたくさん空箱を含めて床にあった。
謙太の部屋はベッドの前にラグが置かれて、ビーズクッションがある。
茶系のコーディネーションで落ち着いた部屋だった。
哉斗はベッドに寝転がり眠くなっているのか目をショボショボされている。
私は入り口近くに座り、出してくれたグラスにコーラを注いで、残されていたピザを頬張る。
「2人でどこ行ってたんだよ。ずるいな」
瑞貴はいつもどおりに私の隣に座って、まるで猫みたいに私の横にまとわりついてくる。
やっぱり自分よりかわいいかも。
謙太は母親のように、いろんな種類のピザを私の前に勧めてくれるし、十作はというと子供のようにまだ不機嫌なまま拗ねているみたいだった。
結局その宴会は深夜2時にお開きになった。
翌日、休みの2日目。
今日こそ休養のつもりだったのに・・・
「ライブのチケットもらったんだ」
瑞貴が昨夜お開きになるころに言い出した。
チケットは、サンダーズのライブのチケットで、この前の収録のときにリーダーに3枚もらったという。
みんなはあまり乗り気じゃなく、用事があるとか言って逃げていた。
私も休養を優先にしたかったのだけど、
「一緒に行ってよ」
目を潤ませて瑞貴に言われると、どうしても断れない。
仕方がなく行くことになってしまった。
時間は夕方8時からで、普段は大きなアリーナですることが多い彼らには珍しくライブハウスでするらしい。
瑞貴と5時に集合し、夕食取りつつライブハウスへ行く約束をした。
12時過ぎに起きた私は、寝癖のついた髪をセットする。
服はいつもみたいにジャージではマズいだろうから、緩いジーンズと兄の服の中から勝手に持ってきたシャツを着る。
待ち合わせ時間の5分前にマンションロビーに着くと、そこに龍星の姿があった。
「あれ?」
龍星は私とは違い、黒系の上下でかっこよくキメている。
「早いね。もう集合してくれているんだ」
後から来た瑞貴は、つなぎの服装でかわいらしい感じの服を着ていた。
「行こうか」
何のためらいもなく私たち2人に、満面の笑顔で言う。。龍星はなんだか不機嫌な顔をしているけど、黙って瑞貴の後に従っていく。
どうも瑞貴はあの後、龍星にもライブのお誘いをしたようだ。
「ほら」
龍星はそっけなく私に眼鏡を渡し、自分は帽子を深くかぶった。瑞貴もニットの帽子をかわいくかぶり伊達メガネをしていた。
(そ・そうか)
私は龍星から受け取った伊達メガネをかけてみた。
これだけTVに出ていても、あんまりアイドルだと自覚はない。だって自分が目立つなんて考えられないし・・・
2人から遅れて歩きだし彼らの後ろ姿を改めて見ると、2人にはやっぱり何か光るものがある気がした。
比べて私は・・・
「おい!」
マンションの窓ガラスに映る自分の冴えない姿を見ていたら、前を歩いていた龍星が振り返って早く来いとばかりに首を傾ける。
「あ・ああ。今行く」
男としても女としても冴えない自分の姿になんだか悲しくなる。そんな暗い気持ちを振り払うように無理に笑みを作って駆け出した。
ライブコンサート会場は、私たちがデビューコンサートで使ったものとは全く違い、10分の1くらいの客が入るか入らないかという狭い場所だった。でも客との距離は半端なく近い。
彼らの音や迫力がそのまま伝わってきて半端なくすごい。今まで興味がなくて一度もライブに来たことないのを後悔するほどめちゃくちゃ感動した。
サンダーズはバンドグループでリーダーのシュウはギター、背の高い寛太がドラム。京也がベース、勇気がキーボードを担当しヴォーカルは鷹矢で構成している。
ライブは終わりに近づくにつれてヒートアップして大盛り上がりで、初めは遠慮していた私もお客さんに交じって楽しんでいた。
「今夜はありがとう。最後の曲は『君に捧ぐ詩』」
鷹矢が静かにそういうと、会場は静まり返った。
ドラムがスローテンポのリズムで始まり、少しの間があってから急にテンポアップして曲が始まる。
この曲は私にも分かる彼らの一番のヒット曲だった。私は口ずさみながらみんなの動きに合わせ手を叩いたりしていた。
曲が始まるころから、なぜか鷹矢と何度も目が合うような気がしていた。
でも、会場をまんべんなく見ているからたまたまこちらを見ているのだと私は思っていたのだけど・・・
曲の間奏になった。
なぜか鷹矢が私たちのいる客席の方に近づいてきた。
このライブ会場の客席は立ち見だけど、私たちは優先的に左手の前の方に場所に誘導されて優先的に場所を確保してくれていた。
近づいてきた彼は何を思ったのか私たちのいる近くの客席へ降りてきて、大騒ぎになる中で私の腕を掴んで舞台の上へ引きずり上げた。
一瞬の出来事で私はされるままだ。助けを求めて振り返ると、瑞貴の驚いた顔と龍星の険しいしかめ顔がスローモーションのように見えた。
「今日は、SIX STARの恵が来てくれているぜ」
鷹矢が私の腕を掴んだまま、叫んだ。すると大歓声があがり、会場は大盛り上がりだ。
訳が分からないまま、とりあえずこの場を盛り下げないために必死だ。流されるままに彼らの歌を鷹矢と密着状態で一緒に歌い上げた。
(よかった~~~。歌詞覚えていて~~)
顔が引きつって笑顔が苦しいけど、これまで龍星にしかられながら築きあげてきたプロ根性を見せてやる。
客席には困惑する瑞貴の顔と苦虫をつぶすような怖い顔をしている龍星が見えた。
鷹矢は肩を抱き寄せてますます密着してくる。
(ひぇ~~)
チキンな私の心の中はパニック寸前だ。この場を盛り下げないために最善を尽くすことに集中するしかない。
なんだか、もう泣きそう・・・
いつもと違う立ち位置。傍らにいつもいるはずの龍星もいない。そんな不安な気持ちはお客さんの歓声と、バックの楽器の音とまぶしいライトの中にあってますます強まるばかりだった。
そんな私の気持ちが伝わったのか、すぐ横にいる鷹矢の私を抱き寄せる腕の力が強まった。
(だめだ。しっかりしなくちゃ)
最後のサビの歌詞で曲が終わる。
もう少しでこの場から逃げれる。
そう思っていたとき、それはいきなりだった。
「キャ~~」
「ワア~~」
会場が悲鳴のような歓声で割れんばかりになる。
何が起こったのか把握できなかった。
曲が終わるその寸前に、鷹矢がいきなり私の頬にキスをしたのだ。
私がびっくり顔で彼を見ると、鷹矢は私の顔のすぐ近くで口角を上げて笑っている。
歓声というより悲鳴が収まらない会場の中で時が止まってしまった。
そして、彼の口が動き、私にしか聞こえない声で語りかけてくる。
「女の子なのにどうして?」
他の音は全く聞こえないのに、彼の言の葉が聴覚じゃなくて視覚から聞こえてきてしまった。
それは本当に一瞬の間。他の誰にも分からない。
「Kei(恵)!!」
呆然とする私を突き放すように一瞬にして1mほど離れた鷹矢は、スポットライトに照らされた私を指さしお客に再度紹介した。
条件反射というのは恐ろしい。私は瞬間的に右手を高く上げ自分をアピールして会場に頭を下げる。
これは何度も何度も龍星に叩き込まれたものだ。
気を失いそうなほど動揺しているのに、
『場を潰すな。もうお前はプロなんだからな』
龍星が口うるさく繰り返す言葉が、今この場を切り抜けるためのプロとしての役割を思い出させていた。
ライブからの帰り道。私たちは終始無言だった。
行きは電車を乗り継ぎ会場まで行ったけど、帰りはサンダーズのマネージャーさんの配慮で車で送ってもらえた。
あの後私は舞台からそのまま退場できたからよかったけど、客席に残った2人はそこから脱出するまで大変だったみたいだ。
「ご・ごめん。」
肩をすくめ私は頭を小さく下げた。
「・・・」
龍星はやっぱりだた黙って睨みつける。
もみくちゃになって大変だったから機嫌悪いのは分かるけど、今の私はそんなこと気にしているゆとりはなかった。
「恵くんのせいじゃないよ。ただ・・・」
いつもニコニコして可愛らしい顔の瑞貴も今は不機嫌だった。
ライブが終わって私は楽屋でサンダーズのメンバーと一緒に彼らが来てくれるのを待っていた。(マネージャーが彼らを連れてきてくれた)
2人を待っている間、リーダーのシュウさんには平謝りされるし、メンバーも気を使ってくれた。
でもその中で、当の鷹矢は我関せずで、舞台から降りた後はさっさとシャワーを浴びに行き最後まで帰ってこなかった。
あれだけ龍星達が迎えに来てくれてホッとしたのに、今はなぜか悪いことでもして怒られているみたいだ。
「龍星も、そんな顔しないよ」
私がかなり動揺しているのが伝わったのか、瑞貴はいつものやわらかい表情にもどって、龍星をたしなめてくれた。
「僕がライブに誘ったのが悪かったのだからね」
瑞貴はなぜかため息をついた。
「あ、ああ・・・でも、楽しかったから」
「・・・楽しかったじゃねえよ!」
「は?」
「お前はアホなのか?バカなのか?だいたい、学習能力が全くない。警戒心も元から欠落している。」
「ちょっと、龍星」
瑞貴が止めに入るが、龍星の耳には入らない。
「自覚がなさすぎなんだよ、お前は。いいか?この業界、食うか食われるかだ。弱い者は食われてしまうし、ぼーっとしてるやつは特に標的だ。特に俺らはスタートしたばかりだ。目立てば嫌がらせだけじゃなくて、変な意味好かれる。お前みたいなやつはな」
龍星はえらい剣幕でまくし立ててくる。
でも・・・
「ぼ・ぼくなんか。ぼくよりも瑞貴のほうがかわいいし。たまたま近くに」
「バカか。お前は本当にバカ?? バカにつける薬はないな、もういい。とにかく用心しろ。わかったか?」
龍星が何に怒っているのかわからなかったけど、私の不安は膨れ上がるばかりだった。