SIX STAR ~偽りのアイドル~
第2章 選ばれた人
あれからどうやって宿泊しているホテルに帰ってきたか、よく思い出せなかった。

ほとんど眠れていないので、思考回路が働かない。

もう2日間ほとんど眠れていない重たい頭を引きずりながら、ホテルをチェックアウトして昨日帰りに聞かされた事務所の場所へと向かっていた。

昨日とは違い、待ち合わせの午後1時まで時間はたっぷりとある。

(断ろう)

一晩考えて、私の夢はもう叶うことはなくなるけど、これ以上悪くなることはないと思った。

(だって、私は女なんだから。それを正直に話せばきっと分かってくれるはず。)

私は電車を乗り継ぎ、道に迷いながらも11時にはGプロダクションと書かれてある建物の前に立っていた。

入口には警備員が2人いる。

私は昨日言われたように、彼らに身分証になるカードを提示した。

そして、受付嬢が待つカウンターに向かった。

なんて言ったらいいのか思いつかなくて、しどろもどろになりながら『西野』の名前を出した。

受付嬢は、半分も私の話を聞かないで、どこかに電話をする。

「しばらくお待ちください」

そして、電話を切ったあと、ニコリともしないで機械的にそう言った。

それから5分後、受付カウンターの右手にあるエレベーターから転がりでるように、マネージャーの雪野が現れた。

「あ・あの。乃木くんですね?」

昨日と変わりなくどこかオドオドした感じで話し掛けてきた。
雪野は私がこうして来ることを知っていたみたいに驚いたりすることなく私をどこかに連れて行った。





私にとってこの2日間が数年たったほど、長く感じていた。
旅行だと親に嘘をついてキャリーバック1つ持ち、家を出たのは3日前。今、私はあるワンルームマンションの一室で立ち尽くしていた。

(どうしてこんなことになったのだろう?)

考えてみても考えてみても、正しい答えが見つからないそんな状態だった。

あの時正直に私は『女』である事を告げて謝った。(謝って許される事ではないのかもしれないけど)確かに私にも否がある。

でも、あの時間違った私が受けれたオーディション自体にも否があるはずだ。

でも、あの西野とかいいう男は、

『選ばれた人間ではなく選んだ我々に主導権がある。そこのところを間違えてはいけない』

と冷たく言い放った。

私が女であることなど関係ないといった様子に、私は言葉を失った。

昨日から今日の間に彼らは遊んでいたわけでないというみたいに、

『乃木 恵(めぐみ)名〇高校2年A組。両親と兄が2人。内1つ上の兄は行方不明。成績200人中100番。長身であるにもかかわらず、目立たず存在感を隠すように高校生活を過ごす。夢はアクションヒーロー。そのためにアフターファイブは道場・スポーツジム・体操教室に男装をし通い詰める』

A4の用紙を見ながら、私の経歴をサラッと読み上げた。

そこまで調べていているという事は、そのまま恫喝でもされて追い出されると思い身をすくめていた。

『あの人の気まぐれにはいつも驚かされるな』

少しの間の後、大きなため息のあとに西野が呟いた。

『約束の時間にはまだ早いが・・・。雪野君彼を第4会議室まで案内してくれ』

その後は事務的に何事もなかったみたいに雪野に告げた。
もちろん私は彼に詰めよったが、相手にされなかった。

さっさと私を追い出すように雪野に指図しつつ、最後に

『君の両親からはちゃんと了承を得ている。今後は雪野の指示にしたがってもらう。これは命令だ』

と強い口調で言い放ったのだった。



six star というのは、G-Boysの新規にデビューするグループ名だった。

公開オーディションというのは、よく言う大人の建前ってやつ。

メンバーはあらかじめほぼ決まっていたみたいだった。

それなのに、手違い(西野が言うには)で私がG-BOYS社長さんに気に入られたらしくメンバーの一員にされてしまったようだった。

あんだけ派手にオーディションをしておいて、今更メンバー変更はできないと言いきる。

もともと、小学校から高校生・・・大学に至るまでバスケット選手の指導にのみ力を注いでいるうちの両親にとって、バスケットを選ばなかった娘がどこでどう生きようが興味がないらしい。

私はこのままここ東京に残り、ここで西野に命令されるまま一定期間拘束される運命になった。
逃れようとすれば、一般高校生では払い切れるわけのない金額の違約金が発生するとかなんとか・・・

『悪いようにはしないから言うとおりにした方が身のためだ』

と強い口調で西野が言った。

ドラマに出てきそうなオフィスで、役者なのかと思えるほどの長身で優等生のようなメガネの向こうの鋭いまなざしに私は言い返すタイミングを失くしてしまった。

そして今、一大決心をして家を出た私の終着点は、事務所が経営しているマンション。聞こえはいいが、要するに寮だった。

メンバー全員の集合時間に、昨日の面々が揃いマネージャーの雪野から説明されたあとにここに連れてこられた。
デビューするまではここからレッスンなどに行かなければいけない。
建物は4階建てで、階に2部屋の細長いマンションで中央にエレベーターが付いている。

私は西野の指示があってか、最上階の4階でマネージャーの雪野と同じ階になった。

寮みたいといっても、有難い事にワンルーム様で1部屋の中にはベッドやTVはもちろん。ミニキッチンとお風呂・トイレそして洗濯場まで完備されている。
今どきは駆け出しアイドルにもプライバシーを優先してくれるようだ。

私は一つため息をつき、ベッドの上に身を投げ出した。

(このまま寝て起きたら家だったりしたらいいのに)

そんなことを考えているうちに、疲れが一気に襲ってきて知らないうちに意識を失うように眠りについていた。


どれくらい眠ったのだろうか?

気が付くと部屋の中は真っ暗になっていた。

私を眠りから覚ましたのは、携帯の着信おんだった。もちろん着メロはファイヤーファイブの挿入歌だ。

「はい」

半分眠りながら、電話に出る。

「あ、ケイか?俺や。おれ」

(おれ?)

ケイって誰の事?これって新手のオレオレ詐欺なのかと思ったところで、

「十作や。お前今なにしとるんや?」

十作?その声は本間十作。そう言えば説明を受けていた時に私の携帯を貸せって言われたような気がする。

まさかあの時・・・

「今、雪野さんとこにみんなじゃないか・・・集まってるんや。お前も顔出せや。今から迎えに行くわ」

と、言い終えて電話が切れると同時に玄関のチャイムの音が鳴る。

断る間も与えてもらえない。

私は結局迎えに来た十作と謙太のコンビに引きずられるように雪野の部屋に行った。

雪野は相変わらずオドオドした様子のまま、部屋の片隅に追いやられて小さくなっていた。

ベッドの上にはあの床で寝ていた人がやっぱりうつぶせになって寝ている。

「哉斗(かなと)も寝とったのを引きずって来たんや。あいつは付き合い悪いからこんかったけどな」

この寝ている人は内田哉斗という。十作のいう『あいつ』というのは椅子に座っていて邪魔をするなと言った人。笹本龍星という。

哉斗は背が高く色白で多分白人系のハーフかクウォーターだと思う。日本人離れした顔立ちをしていた。

龍星は反対に黒って感じで、髪も黒く瞳も肌も体育会系のような男子だ。

十作はつり目でキツネ顔だが関西人特有の人懐っこい感じで背は哉斗ほどある。

その相棒謙太は背は私より少し高いくらいでメガネをかけて優等生タイプの人だ。

オーディション会場で十作と意気投合したらしい。

最後に瑞貴は私よりもしかしたら可愛らしいかもしれない。

メンバーに女がいると知ったらまず、私より瑞貴を疑うだろう。

そして私は母よりも父に似てしまったせいで彫が深い顔で、髪をこうして短くすると1歳上の2番目の兄に激似だと鏡を見て思った。

今更ここで、

『私、実は女なんです』って

宣言してもきっと冗談だと流されるに決まっている。

メンバーにすらバレてはいけないのだけど、まったくバレた様子がないのもちょっと切ない気がしたのだった。

こうして私のアイドルとしての生活がスタートした。
女であることを隠して…

そんなこと不可能に近いと思っていたけど、西野の力は偉大だった。

私のプロフィールは行方知れずの1つ上の兄のものにスライドさせ、書き換えられていた。

年齢を1つサバ読み、芸能人がたくさん通っている高校へ編入した。

もちろん、名古屋にいるはず私は、病気のため休学という嘘の事実もしっかりと作り上げられている。

このプロダクションの実権を握っているのはこの人で、世の中その人の一声でどうにでもなるものなのだと思い知らされる。

ほとんど学校など行く暇がないと思うが、私と十作・流星は3年生。瑞貴は2年生に編入させられた。

後の2人は大学1年だったから休学扱いになる。

SiX STARのデビューは、東京ドームで1ヶ月後と決められていて、私たち6人は地獄のようなタイムスケジュールでそれにむけ働かされることになるのだった。

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