臨時社長秘書は今日も巻き込まれてます!
オマケ
女子会
*****
「今日は、買い物に付き合ってちょうだい」
そう、春日井さんが言ったのは、終業間近の時刻。
勝手に先に帰ってしまうと、隼人さんがむくれるから……と、言うよりも無表情に次の日の朝、秘書室を一瞥するから、どこで時間つぶすかなぁと考えていたところだった。
「いいよ。何を買うの?」
「冬物よ。友達から、新作入ったってメールきたから。その後は、ご飯食べて飲み会しましょう」
え。それはちょっと困る……かな。
だって、今日は金曜日。隼人さんは毎日忙しいし、金曜日なら翌日は休みでゆっくりできるから、実はふたりとも楽しみにしていたりする。
まぁ、約束なんかはしていないけど。
微妙な顔をしたのがバレたのか、春日井さんは冷たい視線で私を見下ろしてきた。
「たまにはいいでしょう? 聞いたところによると、毎日一緒に帰っているそうじゃない。社会人にもなって毎日一緒に帰らないと気がすまないってわけじゃないでしょ? まして、婚約しているくせに」
……むくれるから困るんだけど。
でも、まぁ、言われてみれば確かに毎日一緒に帰るって、なんだか学生ノリだよね。
「私も冬物買おうかな」
「美和は自分で買わなくても、社長に買ってもらえばいいじゃん」
詩織がそんな事を言うけれど、隼人さんに服を買ってもらうのは困る。
だって『この次は部屋着を買うか』とか言われたし、それって……。
キスはしてるけど、抱きしめられたりもしてるけど、それ以上はまだな私たち。
……ちょっと、まだ、そこまで急に決心がついていないし。
「澄ました顔しながら、赤くなってる理由を聞きたいなぁ」
「どうせ社長の事でしょうよ。ところで成田さんも来るのよね?」
彼女たちの言葉に小さくなるしかないんだけど、とりあえず隼人さんに今日は女子会をするとメールを打って、タイムカードを押した。
***
「だから、どうしてあんたは茶色系ばかり選ぶの! もう少し若さ出しなさいよ!」
……と、詩織に怒られて、チョコレートブラウン表示のセーターを断念。
「ねぇねぇ、このブーツはどう?」
春日井さんが見せてきた、ショッキングピンクのロングブーツにふたりで首を振る。
私は地味に、春日井さんは派手に行こうとするから、中間の詩織はいつも眉をしかめている事が多いなぁ。
春日井さんは世話焼きな一面を持っていて、騒ぐ時も多いけど、それでも女子だけでの買い物は遠慮がなくて面白い。
笑ったり怒られたりしながらも、それぞれ買いたいものを買って、徳さんの居酒屋で騒いでいた時、隼人さんから連絡が来た。
「はいはい。もしもし〜」
『……お前、酔ってんな?』
あ。声が低い。不機嫌だ。
「まだ大丈夫で〜す」
『で〜す……って言ってる段階だな』
どの段階だ。詳しく説明して欲しい。
『どこの店にいる?』
「前に来たことがあるお店。隼人さんが酔っぱらいになった……」
詩織はキュウリの一本漬けを食べながらキョトンとして首を傾げているし、春日井さんは胡乱な目で私を見てくる。
「社長なら、男子禁制ってお伝えしてよね〜。たまには彼女を開放しないと、逃げられるわよ〜って」
その声が聞こえたのか、スマホの向こうで格段に冷え冷えとした声が聞こえた。
『ミスクイーンだろ。今の』
「あ。はい……」
『ふざけるなって伝えておけ。人のもん、勝手に連れ回してんのはお前だろうがって』
「言えないからっ!」
言ったら絶対に殺られる! しかも人のもんって……人の……。
まさかの所有物発言ですかぁ!
ニヤつきながら悶ていたら、詩織にスマホを取り上げられた。
「社長ですか? はい。成田です。何を言ったか知りませんけど、酔っぱらいが悶え苦しんでますから、やめてあげて下さ……え?」
「ちょ……詩織!」
そんな事は言わなくてもいい!
慌てた私が、スマホを取り返そうと手を伸ばしたけれど、おでこをガシッと掴んだ詩織に阻まれた。
……いや、もうこれ、この扱いは何?
ちょっと涙目になっていると、詩織が通話を終えてスマホを返してくれる。
「伝言……覚悟しておけだって」
え。それは一体何を……?
***
そして、お互いにいい感じに酔っ払って店を出ると、ガードレールに腰を掛けた隼人さんと、何故か飯村さんが見えて瞬きをする。
「え。あれぇ……?」
「女子会は終わったな?」
腕を組み冷たい視線で私を見てくる隼人さんに、私たちは顔を見合わせた。
「……ねぇ、あれは怒ってる?」
「社長のあの様子……あれは不貞腐れてるんじゃありません?」
「美和を迎えに来たらしい社長ともかく、どーして飯村さんまでいるわけよ?」
こそこそ言い合っていたら、詩織は飯村さんに腕を引かれた。
「じゃ、後はよろしく」
え。何がどうよろしく? 飯村さんは詩織を気に入っている様子だけど、もう、家まで送っちゃうような仲?
「あらぁ……」
ぎゃいぎゃいと騒ぎながらも、飯村さんの車に押し込められた詩織を見送り、近づいてきた隼人さんにひきつった笑みを返す。
「あ、あの……」
「春日井さん。送っていこう」
心の底から笑っています!という笑顔で春日井さんを見下ろし、がっしりと私は襟首を掴まれた。
……今日の私は掴まえられる事が多いなぁ。これはもしかすると厄日なのかな。
小杉さんの生暖かい笑顔に迎えられ、悪い事をしたわけじゃないのに怒られた気分で車に乗り込む。
彼からの無言の圧力を感じながら、居心地悪く座席に座って、まず春日井さんが自分のマンションで降りた。
……沈黙は続く。
「あの……」
「……買い物は何を買ったんだ?」
隼人さんはちらっと紙袋を見て片方の眉を上げる。
「あ、ええと……冬物の服」
「ああ。そうか。夏物しか買わなかったからな……楽しかったか?」
「うん。楽しかった……」
馬鹿笑いしまくった記憶があるけど。
「あの、怒ってます?」
「怒ってない。少し機嫌が悪いだけだ」
いや、それ怒ってるのと同意だから。
「で、でも、約束してたわけじゃなかったし、たまにはいいじゃない」
「わかってる。お前が俺ばかり優先してるわけじゃないのも。俺が勝手に期待してるってだけなのも。だから、不貞腐れてるだけだ」
「坊っちゃんは、最初から西澤さんに甘えてましたからねぇ」
小杉さんの言葉に私は目を丸くして、隼人さんは隼人さんでしかめ面から慌てたような顔になる。
「もう、べたべた甘えて我儘し放題だったじゃないですか」
「小杉……お前は黙れ」
小杉さんは大げさにパクンと口を閉じると“お口チャック”の素振りを見せた。
それを見ながら、ムスッとした彼を眺めて、しきりに瞬きする。
強引で、我儘で、ヤンデレで、甘えたちゃんなの?
そして真面目って、あなたはどんな性格の持ち主なの。
しばらくの沈黙の後、隼人さんが困ったように眉を下げた。
「なんだよ」
「人間って複雑ですねー」
「それだけで済まそうとする、お前が凄いよ」
「私は普通です」
「どこが普通か言ってみろよ。普通の女に俺が惚れるかよ」
シートに身を預け、だらしなく足を組み、やっぱりどこか不貞腐れたような彼を眺め、体中が熱くなってくる。
ほ、惚れるとか、普通に言うなし。
「……美和」
「は、はい」
「俺の事が好きか?」
「え。そんなのわかりきったことじゃ……」
言いかけたら、隼人さんは両手でむにっと私の頬をつまんできた。
「い、いひゃい! にゃにふりゅんれふひゃ!」
「言っておくがお前はまだ何も意思表示してねぇからな? 俺がリングを勝手に左手につけた時、黙って微笑んでた以外は……!」
あれ? そうだった?
「……嫌じゃないって事は理解してるが、もう少し何とかなんねぇか? かなり蔑ろにされてる気分になる」
言っている事はわかるけど……。
いや。わからん。
べりっと彼の手を引き剥がすと、身体ごと隼人さんに向き直る。
「してませんよ! だいたい好きでもない人と、どうしてあんな騒ぎ起こした後デートするっていうんです! わかってます? 私たちは婚約したんですよ! 婚約! 好きでもなきゃ、あんな醜態晒したうえで、我慢して会社に行けるもんですか!」
「でも、お前はかなりマイペースじゃないか」
「マイペースにも限度があるの! 私にだって常識とか、羞恥心はあるんだから! あなたは愛されてるんだなって実感すればいいの!」
ビシッと指を差すと、隼人さんは無表情に私を見つめて……。
あれ? 暗がりでよく見えないけど、隼人さん、赤い?
「そ、そうか……まさか、好きを通り越して、もう愛されてるとは思ってなかったな……」
……おう。私は今、何を宣った?
「わかった。俺は実感しておく」
いや、待って。いろいろ待って!
それ困る。ううん。困らないけど困る。
黙って見つめあった私たちの様子に、堪え切れないように小杉さんの大爆笑が聞こえた。
オマケ(女子会?)完 2016.10.19
「今日は、買い物に付き合ってちょうだい」
そう、春日井さんが言ったのは、終業間近の時刻。
勝手に先に帰ってしまうと、隼人さんがむくれるから……と、言うよりも無表情に次の日の朝、秘書室を一瞥するから、どこで時間つぶすかなぁと考えていたところだった。
「いいよ。何を買うの?」
「冬物よ。友達から、新作入ったってメールきたから。その後は、ご飯食べて飲み会しましょう」
え。それはちょっと困る……かな。
だって、今日は金曜日。隼人さんは毎日忙しいし、金曜日なら翌日は休みでゆっくりできるから、実はふたりとも楽しみにしていたりする。
まぁ、約束なんかはしていないけど。
微妙な顔をしたのがバレたのか、春日井さんは冷たい視線で私を見下ろしてきた。
「たまにはいいでしょう? 聞いたところによると、毎日一緒に帰っているそうじゃない。社会人にもなって毎日一緒に帰らないと気がすまないってわけじゃないでしょ? まして、婚約しているくせに」
……むくれるから困るんだけど。
でも、まぁ、言われてみれば確かに毎日一緒に帰るって、なんだか学生ノリだよね。
「私も冬物買おうかな」
「美和は自分で買わなくても、社長に買ってもらえばいいじゃん」
詩織がそんな事を言うけれど、隼人さんに服を買ってもらうのは困る。
だって『この次は部屋着を買うか』とか言われたし、それって……。
キスはしてるけど、抱きしめられたりもしてるけど、それ以上はまだな私たち。
……ちょっと、まだ、そこまで急に決心がついていないし。
「澄ました顔しながら、赤くなってる理由を聞きたいなぁ」
「どうせ社長の事でしょうよ。ところで成田さんも来るのよね?」
彼女たちの言葉に小さくなるしかないんだけど、とりあえず隼人さんに今日は女子会をするとメールを打って、タイムカードを押した。
***
「だから、どうしてあんたは茶色系ばかり選ぶの! もう少し若さ出しなさいよ!」
……と、詩織に怒られて、チョコレートブラウン表示のセーターを断念。
「ねぇねぇ、このブーツはどう?」
春日井さんが見せてきた、ショッキングピンクのロングブーツにふたりで首を振る。
私は地味に、春日井さんは派手に行こうとするから、中間の詩織はいつも眉をしかめている事が多いなぁ。
春日井さんは世話焼きな一面を持っていて、騒ぐ時も多いけど、それでも女子だけでの買い物は遠慮がなくて面白い。
笑ったり怒られたりしながらも、それぞれ買いたいものを買って、徳さんの居酒屋で騒いでいた時、隼人さんから連絡が来た。
「はいはい。もしもし〜」
『……お前、酔ってんな?』
あ。声が低い。不機嫌だ。
「まだ大丈夫で〜す」
『で〜す……って言ってる段階だな』
どの段階だ。詳しく説明して欲しい。
『どこの店にいる?』
「前に来たことがあるお店。隼人さんが酔っぱらいになった……」
詩織はキュウリの一本漬けを食べながらキョトンとして首を傾げているし、春日井さんは胡乱な目で私を見てくる。
「社長なら、男子禁制ってお伝えしてよね〜。たまには彼女を開放しないと、逃げられるわよ〜って」
その声が聞こえたのか、スマホの向こうで格段に冷え冷えとした声が聞こえた。
『ミスクイーンだろ。今の』
「あ。はい……」
『ふざけるなって伝えておけ。人のもん、勝手に連れ回してんのはお前だろうがって』
「言えないからっ!」
言ったら絶対に殺られる! しかも人のもんって……人の……。
まさかの所有物発言ですかぁ!
ニヤつきながら悶ていたら、詩織にスマホを取り上げられた。
「社長ですか? はい。成田です。何を言ったか知りませんけど、酔っぱらいが悶え苦しんでますから、やめてあげて下さ……え?」
「ちょ……詩織!」
そんな事は言わなくてもいい!
慌てた私が、スマホを取り返そうと手を伸ばしたけれど、おでこをガシッと掴んだ詩織に阻まれた。
……いや、もうこれ、この扱いは何?
ちょっと涙目になっていると、詩織が通話を終えてスマホを返してくれる。
「伝言……覚悟しておけだって」
え。それは一体何を……?
***
そして、お互いにいい感じに酔っ払って店を出ると、ガードレールに腰を掛けた隼人さんと、何故か飯村さんが見えて瞬きをする。
「え。あれぇ……?」
「女子会は終わったな?」
腕を組み冷たい視線で私を見てくる隼人さんに、私たちは顔を見合わせた。
「……ねぇ、あれは怒ってる?」
「社長のあの様子……あれは不貞腐れてるんじゃありません?」
「美和を迎えに来たらしい社長ともかく、どーして飯村さんまでいるわけよ?」
こそこそ言い合っていたら、詩織は飯村さんに腕を引かれた。
「じゃ、後はよろしく」
え。何がどうよろしく? 飯村さんは詩織を気に入っている様子だけど、もう、家まで送っちゃうような仲?
「あらぁ……」
ぎゃいぎゃいと騒ぎながらも、飯村さんの車に押し込められた詩織を見送り、近づいてきた隼人さんにひきつった笑みを返す。
「あ、あの……」
「春日井さん。送っていこう」
心の底から笑っています!という笑顔で春日井さんを見下ろし、がっしりと私は襟首を掴まれた。
……今日の私は掴まえられる事が多いなぁ。これはもしかすると厄日なのかな。
小杉さんの生暖かい笑顔に迎えられ、悪い事をしたわけじゃないのに怒られた気分で車に乗り込む。
彼からの無言の圧力を感じながら、居心地悪く座席に座って、まず春日井さんが自分のマンションで降りた。
……沈黙は続く。
「あの……」
「……買い物は何を買ったんだ?」
隼人さんはちらっと紙袋を見て片方の眉を上げる。
「あ、ええと……冬物の服」
「ああ。そうか。夏物しか買わなかったからな……楽しかったか?」
「うん。楽しかった……」
馬鹿笑いしまくった記憶があるけど。
「あの、怒ってます?」
「怒ってない。少し機嫌が悪いだけだ」
いや、それ怒ってるのと同意だから。
「で、でも、約束してたわけじゃなかったし、たまにはいいじゃない」
「わかってる。お前が俺ばかり優先してるわけじゃないのも。俺が勝手に期待してるってだけなのも。だから、不貞腐れてるだけだ」
「坊っちゃんは、最初から西澤さんに甘えてましたからねぇ」
小杉さんの言葉に私は目を丸くして、隼人さんは隼人さんでしかめ面から慌てたような顔になる。
「もう、べたべた甘えて我儘し放題だったじゃないですか」
「小杉……お前は黙れ」
小杉さんは大げさにパクンと口を閉じると“お口チャック”の素振りを見せた。
それを見ながら、ムスッとした彼を眺めて、しきりに瞬きする。
強引で、我儘で、ヤンデレで、甘えたちゃんなの?
そして真面目って、あなたはどんな性格の持ち主なの。
しばらくの沈黙の後、隼人さんが困ったように眉を下げた。
「なんだよ」
「人間って複雑ですねー」
「それだけで済まそうとする、お前が凄いよ」
「私は普通です」
「どこが普通か言ってみろよ。普通の女に俺が惚れるかよ」
シートに身を預け、だらしなく足を組み、やっぱりどこか不貞腐れたような彼を眺め、体中が熱くなってくる。
ほ、惚れるとか、普通に言うなし。
「……美和」
「は、はい」
「俺の事が好きか?」
「え。そんなのわかりきったことじゃ……」
言いかけたら、隼人さんは両手でむにっと私の頬をつまんできた。
「い、いひゃい! にゃにふりゅんれふひゃ!」
「言っておくがお前はまだ何も意思表示してねぇからな? 俺がリングを勝手に左手につけた時、黙って微笑んでた以外は……!」
あれ? そうだった?
「……嫌じゃないって事は理解してるが、もう少し何とかなんねぇか? かなり蔑ろにされてる気分になる」
言っている事はわかるけど……。
いや。わからん。
べりっと彼の手を引き剥がすと、身体ごと隼人さんに向き直る。
「してませんよ! だいたい好きでもない人と、どうしてあんな騒ぎ起こした後デートするっていうんです! わかってます? 私たちは婚約したんですよ! 婚約! 好きでもなきゃ、あんな醜態晒したうえで、我慢して会社に行けるもんですか!」
「でも、お前はかなりマイペースじゃないか」
「マイペースにも限度があるの! 私にだって常識とか、羞恥心はあるんだから! あなたは愛されてるんだなって実感すればいいの!」
ビシッと指を差すと、隼人さんは無表情に私を見つめて……。
あれ? 暗がりでよく見えないけど、隼人さん、赤い?
「そ、そうか……まさか、好きを通り越して、もう愛されてるとは思ってなかったな……」
……おう。私は今、何を宣った?
「わかった。俺は実感しておく」
いや、待って。いろいろ待って!
それ困る。ううん。困らないけど困る。
黙って見つめあった私たちの様子に、堪え切れないように小杉さんの大爆笑が聞こえた。
オマケ(女子会?)完 2016.10.19