さよなら、世界
きっとなにもかも、信じたに違いない。
たとえば「世界は真っ黒なのよ」と教えられたとしても。
たとえば「人は信じるに値しない」と教えられたとしても。
私の世界には母しかいなくて、私は母の言葉をなによりも大切に心に刻み込んで育ってきた。
母が犯した罪ですら、正しい行いだったのだと塗り替えられて、私のなかにしまい込まれていたかもしれない。
不安になる。十五年間、母に染められて育ってきた私は、正常に物事を判断することができているのだろうか。
視界で、赤い花がぱっと散る。空気を震わせて、花火は空へ打ち上がる。母親の笑った顔が、暗い空に重なる。
ねえ、お母さん。
あの優しい笑顔は、本物だったの?
どうして父親のことを教えてくれなかったの?
なんで私を置いて死んじゃったの?
母さえ生きていれば、私は暗黒に染まってもよかった。母の色に塗りつぶされても、きっとこんなに不安にはならなかった。
お母さんさえ生きていれば、私は、私の世界なんて、いらなかったのに――
「ミズホちゃん、大丈夫?」
となりを見ると、遊馬が私を覗きこんでいた。心配そうな顔がにじんで見えて、涙が落ちていることに気づく。
「ごめん……花火が」
涙をぬぐって、正面を見る。音を立てて、次々と夜空に花が咲いていく。
「きれいだったから、つい」
花火玉が打ち上がるたびに涙の粒が落ちていく。
ぽんと頭を叩かれた。小さな子にするように、遊馬が私の頭を撫でる。その手つきがやさしくて、止めようと思っていた涙は堰を切ってあふれ落ちた。
赤や黄の光は、一瞬ではじけて夜の海に溶けてしまう。桜の花が散るように、夜が明けて朝が来るように、永遠に残るものなんてないのかもしれない。
それでも夜空に咲く大輪の花は、美しかった。