さよなら、世界

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 夏休みが明け、過ごしやすい季節になった頃、委員会の集まりを終えた放課後の校舎には薄暗い影が忍び寄っていた。

『君は、俺じゃなくて、『彼女』のことが好きなんじゃないの?』

 手に入れようと思って接触した片割れの雪春先輩は、あっけなく私を拒絶した。

『悪いけど、俺はアクセサリーじゃないんだ』

 去っていく背中を呆然と見つめる。

 私が欲しいのは、空洞を満たしてくれるものだ。彼と彼女がまとっている空気なのだ。

 差し込んでいたオレンジ色の光が、いつのまにか消えていた。窓ガラスに映った自分を見て、喉の奥を冷えたものが圧迫しながら落ちていった。

 私はカバンからハサミを取り出した。背中までのびたまっすぐの黒髪に、刃を当てる。そのまま、力を込めた。切れ味の悪いハサミでは、髪の束をまっすぐに切れない。引っ掛かって不揃いに切断された毛髪が、ばらばらと床に散らばった。


 それ以来、彼らを見かけると言いようのない感情が胸に迫った。それは、拒まれたことでより強固になった欲求だったのかもしれない。

 地面に降り積もる雪のように少しずつ時間をかけて、私の心にはふたりへの思いが蓄積されていった。真っ白だった感情は時間が経つごとに変色し、黒く濁っていく。

 しばらくして、雪春先輩が大学の推薦入試を終えたことを知った。教室で告白をしてから一年と少しが経過し、二回目の冬が訪れた頃だった。大学に進学する彼と違い、彼女のほうは就職をするらしい。

 あと三ヶ月も経てば、ふたりはこの学校からいなくなってしまう。

 それは恐怖にも似た感情だった。私はなにひとつ、彼らの幸福感を手にしていないのに。



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