さよなら、世界



「先輩、ちょっといいですか」

 三年の教室に出向いた私は、今度は彼女のほうに接触した。最初に見たときと変わらない長い黒髪は、まるで意志の強さを表しているみたいにまっすぐで艶やかだ。

 私は彼女を家庭科室に連れて行った。家庭科部の活動は週に一回だけで、今日は使われない日だとわかっていた。忘れ物を取りに行くという名目で借りてきた鍵を使い、私は彼女を伴って中に入る。

 冬休み直前のこの時期、放課後の校内は閑散としている。ひんやりとした空気に包まれながら、私は彼女を見つめた。

「私、あなたのことが嫌いなんです」

 彼女は大きな目を丸めた。ぱちぱちと瞬きを繰り返し、「ああ、そうなの」となんでもないように答える。

「それで?」

 嫌いだと告げたのに、彼女は落ち込むどころか生き生きと目を光らせている。そういうところは嫌いじゃないけれど、私は彼女とは違う。

「あなたに憧れてなんかいない」

 私は隠し持っていた裁縫用の裁ちばさみを胸の前に掲げた。小さなハサミでは切れ味が悪いけど、これならあらゆるものを一刀両断できそうだ。

「物騒なもの取り出して、どうするの?」

 彼女の目に、警戒の色がともる。私が一歩前に出ると、同じ距離だけ彼女は退いた。

「髪を切らせてください」

 美しい顔が、はじめて怪訝に歪んだ。

「目障りなの。その長い髪」

 私が飛びつくと、彼女は小さく悲鳴を上げた。指の隙間から黒い髪がさらさらこぼれる。それを掴むと、反対にハサミを持った手を押さえられた。

「離して!」

「嫌よ。私には髪を切る理由なんてない」

 掴みあった手が、ぎりぎりと震える。私は掴んだ髪を離し、細い肩を思い切り突き飛ばした。床に倒れ込んだ彼女に馬乗りになる。

「だったら死んでよ! あなたがいると、私は空っぽのままなの!」

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