さよなら、世界
「倉田、遊馬(あすま)……」
彼は表情を変えない。私がここに来たときから見ていたのだろうか。それか、たんに私のことを覚えていないだけかもしれない。
つまらなそうに私の横に並び立つと、彼は足元の石を蹴った。柵の下を抜けて転がり落ちた石は、すぐにぽすっと柔らかい音を立てる。
「死にたいなら、もっと高い場所か、地面が硬いとこを選ばないと」
手すりに腕をもたれると、私を振り返る。彼の眼差しはあたたくも冷たくもなかった。かといって興味本位ともちがうらしい。どちらかというと面倒くさそうに口を開く。
「で、死にたいの? ミズホさん」
純粋にそう尋ねられると、戸惑う。私は、死にたかったのだろうか。
ただマリの姿が思い浮かんで、彼女が軽々と飛び越えた光あふれる窓の外に、強烈に憧れたのだ。
「……わからない。ここじゃない世界に、行きたくて」
「ふうん。いいんじゃない。留まるのも、去るのも、個人の自由だし」
ストレッチをするように腕を伸ばしながら、
「でも、俺、君に借りがあるから、今死なれると困るんだよね」
「借り?」
「弁当、ダメにしたじゃん。今返せればよかったんだけど、金持ってこなかったし。ていうか今月は厳しいんだよなぁ。あ、俺の弁当をあげればいいのかな」
良案を思いついたようにキラキラした目で言われて、私は首をすくめた。
「いえ、大丈夫です。おかまいなく……というか、倉田、先輩は、ここで何を?」
「見てわかんない? トレーニングだよ、トレーニング」
「よっ」と声を出すと、彼は手すりに身体を乗り上げた。そのまま私の目の前で、何の支えもなく両足で立つ。